紀子さま、愛子さまに“飴と鞭”「地方でゆっくりされては?」と“天下二分の計”をご提案



文/宮本タケロウ

皇位継承問題はどうなるのか?

令和になり、いよいよ避けられない問題となった「皇位継承者の安定的確保」。11月8日に執り行われる“立皇嗣の礼”に続いて本格議論される予定です。そして皇位継承の安定、これこそ多くの国民が解決を待ち望んでいることでしょう。

伝統的にまた現行法的には秋篠宮さまと悠仁さまに皇位が継がれるのがベストですが、男女平等の観点や、直系重視の観点から、「愛子さまが女性だからといって天皇になれないのはおかしい」という声が多いのも事実です。

このように、ややもすれば世論を分断してしまうような論争の種となっている皇位継承問題ですが、今回、筆者はある方式で、この問題の根本的な解決を提案したいと思います。

筆者が提案する“ある方式”とは…それは、「ハノーヴァー王国方式」です。これは愛子さまと悠仁さまの対立を避け、かつすべての国民が笑顔で認めることができる名案なのです。

「ハノーヴァー王国方式」とは?

「ハノーヴァー王国方式」とはなにか。それは、イギリス王室とドイツのハノーヴァー王国の継承で実際に行われたモデル/方式です。

歴史をもとに、説明しましょう。

現在ウィンザー朝と呼ばれるイギリス王室が元々はドイツ系であることは、本サイト読者の皆様もご存知だと思います。1714年にアン女王が亡くなって、アン女王の又従弟であるドイツのハノーヴァー選帝候ゲオルク(Georg)がジョージ(Geroge)一世としてイギリス王に即位したのが始まりですね。(「選帝侯」とは、神聖ローマ帝国の皇帝を選べる候という意味です)

このことから、現在は宮殿の所在地であるウィンザー(地名)から「ウインザー朝」と呼ばれるイギリス王室ですが、元々は王室の祖先であるドイツのハノーヴァー侯国(19世紀からは王国)からハノーヴァー朝と呼ばれていました。

ハノーヴァー王国の君主がそのままイギリスの国王に即位した形になりますので、ジョージ一世が即位した1700年代初頭からイギリス王家はハノーヴァー王国とイギリスの二つの国の国王を兼ねていました(イギリス自体が連合王国ですが)。

イギリスとドイツにまたがるハノーヴァー王室

 

地図を見ても分かる通り、かつては、北海を隔てて、領土がブリテン島と大陸にまたがっていたイギリス王室ですが、1837年にイギリスでヴィクトリア女王が即位すると、イギリスはイギリス、ハノーヴァー王国はドイツの一部となって現在のように分離します。

同君連合が解消され、イギリスとハノーヴァー王国が分離した理由こそ、今回私がハノーヴァー方式と呼ぶ皇位継承問題解決策に直結するものになります。

王位継承法の違いから、国が分かれた

イギリスとハノーヴァー王国の同君連合が解消された理由、それは、ハノーヴァー王国とイギリスとで王位継承法が異なっていたためでした。

そう、1837年にイギリスで即位したのはヴィクトリア女王と先に述べましたが、女王・女系が容認されているイギリスに対し、ハノーヴァー王国ではサリカ法典というゲルマン民族の継承法が採用されており、男系男子による継承がルールとして定められていたのです。

1837年以前はイギリス王のウィリアム4世がハノーヴァー国王を兼ねていましたが、1837年にウィリアム4世が死に、その後をヴィクトリア女王が継いでイギリスの王位に就くと、ハノーヴァー王国は男系継承を守るため、ヴィクトリア女王の叔父(父親の弟)がハノーヴァー国王として即位したのした。

天皇位を二つに分割する

いかがでしょうか。イギリスとハノーヴァー王国で、王位継承法が異なっていたこと、叔父と姪で上手く王位を分け合ったという形になるかと思います。

これが、私が提唱するハノーヴァー王国方式です。

すなわち、日本の皇室に援用して考えますと、日本の天皇位を“伝統的な男系男子継承”と“革新的な女系容認直系長子”とで分け合うシステムです。

突拍子もないような案に思えるかもしれませんが、天皇位を二つに割るこの案は学術論文(新潟大学の法学系紀要)にも掲載された興味深い妙案です。

ヨーロッパ立憲君主制では、家の継承者と称号の継承者とが分離する事例はしばしば見られる。

例えば、カール六世は長子となったマリア・テレジアのハプスブルク家継承権を結果的に周辺諸国に承認させることが可能となった(pragmatische Sanktion)が、男性のみが就任できる神聖ローマ皇帝位は、その夫(フランツ1世)及び息子(ヨーゼフ2世)が就いた。

兵藤守男「皇位の継承」『法政理論』第40巻第2号(2007年)

上記の論文では、オーストリア王国を支配するハプスブルク家の家長は女性のマリア・テレジアが継承できたが、神聖ローマの皇帝位にはその夫が就いたという実例を挙げています。

日本の皇室に引き寄せて考えると、具体的には、“立憲君主としての象徴機能”“伝統的な祭祀王としての祭祀機能”を分離するという形式になるでしょう。

つまり、愛子さまが立憲君主として国事行為や公務にあたり、悠仁さまが伝統的君主として祭祀や儀式に従事するという案です。

 

裏(ウラ)天皇と表(オモテ)天皇

私は、この二つに分割した天皇の在り方について、「顕天皇(表天皇)」「幽天皇(裏天皇)」という呼び方を提唱したいと思います。

  • 顕天皇(表天皇):日本国憲法に定められる国事行為やいわゆる公務に従事する。日本のオモテの支配者。女系継承可。愛子さまが即位。
  • 幽天皇(裏天皇):伝統的な祭祀や儀式に従事する。ウラの世界の本当の日本の支配者。男系継承限定。悠仁さまが即位。

天皇を二つに割るハノーヴァー王国方式は、「二重権威だ!」と批判されるかもしれません。

しかし、歴史をさかのぼれば、退位した天皇が“法王”となり、治天の君として、現役の天皇の上位に立った時代もありましたし、現在は天皇皇后両陛下と二人の人格が並ぶ形で受け入れられていますが、近代以前は天皇の正妻であっても皇后として立后されることは稀でした。

こうしたことを考えると、現在の天皇の近代的立憲君主の役割/機能伝統的祭祀王の役割/機能を分割し、権威を分散させる方式が、必ずしも「二重権威」になるとは言えないのではないと思います。

それに、江戸時代までは御簾の向こうに隠れていた天皇が近代になって「立憲君主」としての役割が加わり、そして、戦後になって「国と国民の象徴」としての役割まで担うようになっています。

天子様と呼ばれて隠されていた伝統的な存在が、近代になってヨーロッパ王室を模倣した結果、人工的に様々な役割が不自然なまでに覆いかぶされてしまったと思うのは、私だけでしょうか?

さて、今回私が提唱した“ハノーヴァー王国方式”を、読者の皆様はどのようにお思いになりましたでしょうか。

小内誠一さんの意見は…

近日中に、皇位継承問題が万事解決する妙案として、政府に建白書として提出したいと思っています。紀子さまなら喜んでこれを採用してくれるでしょう。これを元宮内庁職員の小内誠一さんに提案したところ次のような返答がありました。

「まだまだ世論を二分化する議論にはなっていませんが、愛子さまの人気は鰻登りなのに対し、秋篠宮家の評判には厳しいものがあります。眞子さまと小室圭さんが結婚されたりすれば“冗談”では済まされなくなり、政府も民意を無視できなくなるかもしれません。ですが、タケロウさんがあげたハノーヴァー王国方式のようにはならないでしょう。

もし愛子さまが皇室に残られることになった状態で令和の両陛下が崩御されれば、悠仁さまへの皇位継承を模索する紀子さまにとって、愛子さまは“目の上のたん瘤”になるでしょう。国民の多くは『なぜ聡明な愛子さまが…』と思いますから。なので愛子さまの影響力を削ぐために、紀子さまは、愛子さまに何らかの名誉称号を与えつつ、『地方でゆっくりしてください』とでも言って僻地に追いやるなどの“飴と鞭”をもって、いわば“天下二分の計”を計られるかもしれません。

あのお優しき紀子さまがそんなことをするとはないと信じたいですが、昭和天皇亡き後の香淳皇后が皇居の片隅に追い立てられたことは実際に起きた事件です。劉邦亡き後の呂稚然り、何が起きるか解らないでしょう」(小内誠一さん)