美智子さま「美しい私を国民が待っている」の確信 上皇さま泡吹く「ミテコ復帰論」が再燃



文/宮本タケロウ

週刊新潮の「天皇の沈黙」報道

いよいよ“立皇嗣の礼”が来月8日迫りました。国民だけでなく美智子さまも可愛い次男坊の晴れ舞台を心待ちにしておいででしょう。その美智子さまは本日10月20日に誕生日を迎えました。ところで、その美智子さ間に関連して8月13日・20日号の『週刊新潮』にある記事が掲載されました。

記事のタイトルは「天皇の沈黙」

タイトルで何となく察しが付くと思いますが、コロナ禍の渦中にあるなかで天皇陛下や雅子さまのお言葉が国民に聞こえてこず、「平成に比べて令和の両陛下は存在感がない」という状況を分析した記事でした。もちろんこの裏には、美智子さまの「平成流をカムバック」の声が潜んでいることは言うまでもありません。

宮内庁のホームページには政府のコロナウイルス対策専門家会議の尾身茂氏からご進講を受けた際の“お言葉”が4月28日から掲載されていますが、一般の国民に広く周知されているとは言えず、『週刊新潮』の言う通り、「令和の両陛下が存在感がない」のは事実かと思います。皇后となられた雅子さまは、ご進講は皆勤賞ですが、祭祀の出席率はいまひとつです。

『週刊新潮』には、この状況に対して述べた宮内庁関係者の声がこのように紹介されています。

「長引くコロナ禍を受け、両陛下、中でも皇后さまの周囲からは『宮内庁のホームページにお言葉を載せても、誰も見るわけではない。何故お二人で映像メッセージを発信されないのか』などとこの期間の御振舞いに疑問を抱く声も上がっています」(宮内庁関係者)

『週刊新潮』2020年8月13日号、20頁

宮内庁からも懸念の声が湧いているということですが、『週刊新潮』には欧州王室の専門家である君塚直隆氏のインタビューも掲載され、それによると、ヨーロッパの王室は軒並み全てビデオメッセージを出しており、例えばイギリスではエリザベス女王のテレビ演説に国民の3分の1以上が視聴するなど非常に反響を呼んだそうです。

そうしたヨーロッパ王室と皇室の取り組みを比較すると、宮内庁の「なぜお二人でメッセージを出されないのか」という懸念もさもありなんという感がします。

各国の王室と違って、メッセージを出されない両陛下に対して、国民の一部からは「ムダにお言葉を“安売り”されない方がむしろ素晴らしい、平成の両陛下は目立ちすぎだった」などと言われますが、『週刊新潮』は「むしろ逆に目立たなければ天皇としての価値がない」として、放送大学の原武史教授の次のような言葉を掲載します。

「上皇は(生前退位の)『おことば』の中で象徴としてのお務めについて言及し、そこでは『宮中祭祀』『行幸』の二つが定義されました。(中略)コロナ感染症の影響でもう一つの行幸はかなわず、平成の定義では“現天皇は象徴天皇ではない”という言い方も成立してしまいます。」(原武史氏)

同上

現天皇は象徴天皇ではない…とは重い言葉です。

無為無策の宮内庁

コロナウイルスのせいで天皇の重要な務めである「行幸」ができない状況を、宮内庁はどのようにマネージしようと考えているのか。『週刊新潮』によれば、7月9日に宮内記者会と宮内庁幹部との間でこのようなやりとりがあったと、伝えられます。

〈地方行幸啓も中止となり、象徴天皇の活動としては隔靴搔痒の感がある。こういう状況だからこそ、新しい方法でお気持ちが伝わる御活動を検討しないのか〉

との質問が出たのだが、なんと侍従は

〈重要な問題。我々もお支えする立場で日々考えているが、皆様からも良い考えがあったらぜひ頂きたい

などと、両陛下の「新しい生活様式」に関するアイデアを記者会に呼びかけたのだった。

同上

マスコミに意見を聞くとは…宮内庁がこの状況に狼狽して策をなにも考えられていない様子がうかがえます。

このように頼りない宮内庁の態度を見かねたベテラン記者は宮内庁幹部に次のように述べたそうです。

「この記者(ベテラン記者)は『何か智慧があるわけではありませんが』と前置きしながら、『コロナや豪雨災害でのご進講を重ねても、活動なさらないと象徴性は発揮できないのではないか』と苦言を呈し、続けてなんと『現在の動けない状況は、象徴たり得ないと思います。重大な岐路にあるのでは』とまで畳みかけたのです」

同上

令和に改元して以来、令和の両陛下に好意的な記事を書き続けてきたマスコミが「象徴たり得ない」と述べるとは、確かに、「重大な岐路にある」と言えると思います。

『週刊新潮』の同記事によれば、象徴天皇制の専門家である河西秀哉氏はこうした状況を打開するために、「ZOOMなどで医療関係者を激励してはどうか?」と述べています。

「平成」だったら…

コロナウイルス禍が、仮に平成期に起こったとすれば、平成の両陛下が災害に際して常に迅速に行動されてきたことを考えると、素早く何らかの行動をとったであろうことは容易に想像できます。

平成期の天皇は良くも悪くも国民に見られることを意識して、国民の深層心理の“求め”にあえて目立つ形で答え続け、象徴天皇制を推進させてきました。

平成時代の皇室は、象徴天皇の在り方を模索し続けた上皇陛下と、国民と国家と皇室の間を舞台女優のように演じ/演出して立ち回った美智子さまという二人の奇才によって成立したものと言えるでしょう。

『週刊新潮』の記事で宮内庁関係者もこのように述べています。

「今回はケースが異なるとはいえ、もし(平成の両陛下が)ご在位中ならば、皇室の“名プロデューサー”でもある美智子さまのご機転で、すみやかに“行動”に移されたのではないでしょうか。

令和の両陛下はそうした行動に二の足を踏んでいるようにも拝察いたします」(宮内庁関係者)

公私ともに天皇のパートナーであった美智子さまは平成皇室の「名プロデューサー」でしたが、令和皇室の皇后・雅子さまは「名プロデューサー」の役割は果たさないのかもしれません。

宮内庁関係者はこう述べます。

「(両陛下がメッセージを出されないのは)皇后さまがかつて外交官という“政府の一員”であったことも無関係ではありません。『今は政府にお任せすれば』といった“ご配慮”の姿勢がうかがえなくもありません」(同)

同上

帰国子女、ハーバード卒、東大、キャリア官僚…と雅子さまの“ご優秀さ”を形容する枕詞は多くあります。

が、それらの語義とは裏腹に、むしろ官僚であったからこそ雅子さまは美智子さまのようなクリエイティブな発想ができないという「弱点」があるようにも思えます(これは場合によっては長所でもあると思いますが)。

美智子さまが「プロデューサー兼女優」であったのに対し、雅子さまは「役人」ということになるでしょう。

国民は“平成流”を求めている?

世論調査で皇室に好意・敬意を抱く国民は9割を超えています。平成時代に完全に定着した“国民に愛される象徴天皇”というシステムを支えたのは、平成時代の天皇(現・上皇陛下)のお姿と美智子さまの“力量”であったと言っても過言ではないかもしれません。

平成と違って自然体で目立とうとしない今上両陛下を「平成のように皇室を安売りしないで良い」と一部では言われますが、一般国民に皇室の存在感が薄まっているのは事実ですし、今回の記事で引用した原武史や君塚直隆、川西秀哉といった専門家の分析を基に考えると、むしろ「国民は暗に平成流の皇室を求めているのではないか」ということが言えるのではないでしょうか。平成皇室は偉大でした。やはり活動的な皇室は大歓迎です。美智子さま「カムバック」の声が高まるのは必然でしょう。

2年目にして早くも岐路に立つ令和皇室。コロナウイルス禍に相応しい“皇室の新しい生活様式”が見つかるよう、祈っていきたいと思います。

以上の記事を元宮内庁職員の小内誠一さんにお見せしたところ「美智子さま御本人が『雅子は引っ込んでろ。。美しい私が復帰します!美しいアテクシを国民は待っています!』と願われて、上皇職あたりが『ミテコ復帰論』をメディアに売り込んでいるのではないでしょうか?上皇様も泡を吹かれて驚かれているでしょう」とのことでした。