紀子さま「あの方々のような三下とは格が違います」筆頭宮家の特権要求と“立皇嗣の礼”



文/木下聡

「立皇嗣の礼」の開催に対する疑問の声

来月11月8日に開催が迫っている、秋篠宮殿下が皇位継承順位1位の「皇嗣」になられたことを国内外に広く示す「立皇嗣の礼」だが、これが過去に前例のない伝統破りの全く新しい儀式であることはあまり国民の間で広く知られてはいない。

現在、天皇皇后両陛下には男子のお子様がおられないため、皇太子は置かれていない。陛下の弟である秋篠宮殿下は皇位継承順位1位の「皇嗣」の地位におられるのだが、この「皇嗣」という地位はあくまで現時点での皇位継承の最有力候補という意味であり、暫定的な皇位継承の有資格者であるに過ぎない。

これは、ネットメディア等を中心に「立皇嗣の礼」の開催に関して疑問を投げかける意見も多い理由の一つでもある。秋篠宮殿下が、暫定的な皇位継承の最有力候補であることを知らせるために、数千万円の税金を使用して大々的な儀式を行うのだから、疑問の声が上がるのもある意味では当然といえるだろう。

特に、現在では「男系男子のみに皇位継承資格を認める現行の皇位継承ルールに拘っていては、皇統断絶の危機を招きかねない」として、皇室典範の改正の議論が活発に行われているのであるからなおさらである。

4月に共同通信が行った世論調査では、女性天皇を認めることに関し「賛成」「どちらかといえば賛成」のいずれかを選んだのは計85%に上っており、今後の皇位継承議論の展開によっては、女性・女系天皇の誕生が認められる可能性は決して低くない。

もし仮に、女性天皇が容認され、愛子さまが皇位継承資格を有することとなった場合、現在の皇位継承順位にも変化が生じるため、この「立皇嗣の礼」の儀式はその意義を失うこととなる。

美しすぎる佳子さま。女性宮家が創設されれば女性天皇の有力候補か。

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「立皇嗣の礼」開催を強く要望された紀子さま

では、果たしてなぜ存在意義すらあやふやな新儀式の開催が決定したのか。公式には、宮内庁が秋篠宮殿下の「皇嗣」としての特別なお立場を広くアピールするために政府に開催を求めた、とされているが、実際には紀子さまの強いご要望があったようだ。

「紀子さまは、悠仁さまを溺愛されていることは、週刊誌等のメディアでもたびたび報じられておりますが、その愛する悠仁さまを将来、天皇に即位させることについて、紀子さまは使命感にも似た、強い決意を抱かれております。

そして、悠仁さまを即位させるにはその前段階として秋篠宮殿下を天皇に即位させることが非常に重要になります。秋篠宮殿下を即位させ、悠仁さまを皇太子とする、これが紀子さまのお考えなのですが、そのためには殿下の即位を確実にする必要があります。

“立皇嗣の礼”に秋篠宮殿下の即位を確定させる効果はありませんが、国内外に秋篠宮殿下の“皇嗣”としての地位を広く示すことで、女性・女系天皇容認派をけん制する目的もあるのでしょう。

宮内庁は紀子さまに対し、“立皇嗣の礼の開催は、秋篠宮殿下の即位を約束するものでも確定させるものでもない”ということを繰り返し説明したようですが、それでも紀子さまは“とにかく宮さまのお立場を広くアピールすることが重要です”と仰られ、儀式の開催を強く希望されたようです」(宮内庁関係者)

悠仁さまを将来の天皇にするために「出来ることなら何でもする」というのが紀子さまのご意思であるようだ。

国母としての矜持が、一層、紀子さまを慈悲と慈愛にかりたてる。

他宮家を見下される紀子さま

このように、紀子さまが「立皇嗣の礼」の開催を強く望まれた最も大きな理由の一つは、将来の悠仁さまの天皇即位のためであるが、他にも目的はあるようだ。紀子さまが儀式の開催を強く望まれたその他の理由として、「他宮家との差別化」という目的があったという。

「紀子さまは、もともと、適応障害を理由に頻繁に公務を欠席されていた雅子さまは“皇后陛下として相応しくない”と思われており、天皇陛下については即位を辞退し、秋篠宮家に皇位を委譲すべきであるとお考えであったようです。

こうしたお考えに関して、記者会見などで公式にご発言されることはありませんでしたが、紀子さまは懇意にされていた学者やジャーナリストなどに、そのお考えを代弁させておりました。

かつて平成の時代には、天皇皇后両陛下(当時は皇太子ご夫妻)に離婚や退位を迫る、廃太子論なども盛んに論じられましたが、こうした不敬ともいえる議論を展開した論者のほとんどが秋篠宮ご夫妻や紀子さまの父親の川嶋辰彦教授と懇意にしていた学者や評論家でした(前出の宮内庁関係者)

廃太子の議論の中でも特に話題となったものの一つが、川嶋辰彦教授が懇意にされていた宗教学者の山折哲雄氏が『新潮45』に寄稿した「皇太子殿下、ご退位なさいませ」と題する論考である。

また、この他にも秋篠宮ご夫妻とも親交のある麗澤大学教授の八木秀次氏なども、『SAPIO』にて、次のような文章を寄稿している。

もしもこのまま雅子妃が宮中祭祀を受け入れられないなら、皇后としての資質に疑念を抱かざるを得ず、宮中祭祀、すなわち皇室の皇室たるゆえんを守るために離婚もやむを得ない(中略)現皇室典範でも、皇后の離婚は想定すべきものではなく(中略)つまり御代替わりが起こった後ではもはや離婚できない。

とすれば、雅子妃がこのまま宮中祭祀を受け入れることができない事態が続くならば、御代替わりの前に離婚という事態も想定せざるを得ない(中略)だが、『一生全力で守ります』という言葉で雅子妃にプロポーズされた皇太子殿下が離婚という事態を受け入れるとは思えない。

では、皇室の根幹にかかわる宮中祭祀を守るためにはどうすればよいのか(中略)現在、皇太子ご夫妻よりも秋篠宮ご夫妻の方が、天皇皇后両陛下を深く理解し、皇族としての強い責任感を抱き、将来の天皇、皇后にふさわしい資質を持つとの見方が広がっている。

とすれば、宮中祭祀を守る立場から、皇室典範第3条にある〈重大な事故〉を拡大解釈し、皇位継承権第1位の座を皇太子殿下から秋篠宮殿下に移そうとの議論が生じてもおかしくない(中略)一皇太子妃のご病状快復と歴史上連綿と続いてきた宮中祭祀が天秤に掛けられるようであれば、離婚ないし皇位継承権の変更を想定せざるを得ない事態になると思われる

『SAPIO』(平成19年5月9日号)

長々と書かているが、一言で要約するなら、「皇太子ご夫妻は、将来の天皇皇后両陛下の地位に相応しくないのだから、皇太子一家としての地位を放棄し、秋篠宮家に皇位を委譲すべき」ということになる。

驚くべき無知と偏見に満ちた文章であるが、当時は、秋篠宮ご夫妻の息のかかった学者や評論家が中心となって、同様の趣旨の文章を、主に保守系の雑誌等に数多く寄稿していたのだ。

とはいえ、現実に、上皇陛下が生前退位を表明され代替わりが近づくにつれ、紀子さまも皇位の委譲が難しいという現実を認識されたという。そこで、皇位の委譲の代わりに要求されたのが、秋篠宮家に対し、筆頭宮家として、他の宮家から区別された特別な地位を保障することであった。

「平成の時代には、主に週刊誌メディア等から高い評価を受けてきた秋篠宮家ですが、マスコミからの高評価とは裏腹に、紀子さまは“皇室内で秋篠宮家はしかるべき敬意を払われていない”とお感じになられていたようです。

皇室内の皇族の序列は必ずしも、皇位継承順位などとは関係なく、その出自や、個人の品格、能力などといった総合的な観点から暗黙の上下関係が形成されます。

そのした非公式の序列の中で、庶民的な家庭の出身であった紀子さまは、それほど高い地位にはおられなかったのです。そのため、筆頭宮家でありながら常に“他の皇族から見下されているのではないか?”といった不安や猜疑心に苛まれておりました。

そのため、代替わりを期に、こうした序列を打破し、秋篠宮家を他の宮家よりも高い特別な地位にあることを公式に定めようとされたのでしょう。宮内庁に対し、“立皇嗣の礼”の開催を要求される際には、他の宮家の方々の地位についても触れられ“あの方々のような三下とは格が違いますから、その点ご理解お願いします”と仰られおりました(同前)

紀子さまは、現在他の宮家の皇族方から大変嫌われていることが知られているが、そのように嫌われてしまう原因として、こうした傲慢さとに加え、頻繁に政治に介入し利益を得ようする強欲さと、権力欲。そしてメディアをコントロールし天皇陛下や他の皇族方の評判を貶めようとする姑息さ等が挙げられるだろう。

こうした姿勢は、常に国民のことを想い、与えられた役割を誠実にこなすことで人々の信頼と尊敬を獲得されてきた天皇皇后両陛下のお姿とは対照的である。

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