紀子さま「雅子さんが私を差し置いて皇后になるのですか」代替わりで味わった屈辱と涙



文/木下聡

平成の時代にマスコミから大変な称賛を受けていた秋篠宮家

眞子さまのご結婚が延期となって以来、世間からの強い逆風を受けている秋篠宮家。現在では、週刊誌やネットメディア等でしばしばバッシングを受けているものの、かつて平成の時代には、秋篠宮家は理想的な一家としてマスコミから大変な称賛を受けていた。

平成の時代に、秋篠宮家がマスコミから大変な称賛を受けてきた主な理由は二つある。一つは、ご夫妻が様々な公務を精力的にこなし、国民に対して皇族の存在感をアピールし続けたこと。そしてもう一つは、紀子さまが男子を出産されたことで、それまで若い世代で男子の皇位継承者がいなかった皇室を皇統断絶の危機から救ったことである。

公務を積極的にこなされていたことは、皇太子妃であった雅子さまが2003年頃から適応障害のために公務を休まれるようになったこととの対比から、週刊誌報道等ではことさらに強調された。

当時は、「公務をさぼる怠け者の雅子さま」と「精力的に公務をこなされる真面目な紀子さま」といった対比で、雅子さまを批判し、反対に紀子さまを称賛するといった記事が数多く掲載されていた。

こうした評価がなされる中で、男子の悠仁さまを出産されたことも紀子さまの評判をさらに高めることとなった。特に、男系皇統の維持を重視する保守派からは、男子を出産されたことで紀子さまが皇統断絶の危機を救う救世主のごとく崇められ、秋篠宮ご一家こそ、理想の家族像であるとして大いに称賛されたのだ。

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秋篠宮家の評価の高まりが招いた廃太子論

平成の時代には、このように皇太子ご一家の評価が貶められ、秋篠宮家の評価が高まる中で、男系皇統の維持を重視する保守派の論客を中心に皇室の問題に関して奇妙な議論が持ち上がってきた。

天皇の地位に相応しくない皇太子殿下は、皇位継承資格と皇太子の地位を放棄し、次の天皇の地位を弟の秋篠宮殿下に譲るべき、という「廃太子論」だ。

最も有名な議論では、紀子さまの父親の川嶋教授とも親しい関係にある宗教学者の山折哲雄が『新潮45』に寄稿した論文「皇太子殿下、ご退位なさいませ」が挙げられるが、その他にも、「“雅子妃問題”を放置しておけば、皇室の危機、そして、日本の危機につながる」と論じた西尾幹二氏の「皇太子さまへの御忠言」などもその例の一つだ。

おそらく、これらの論者が、こうした議論を行った理由の一つは、適応障害に苦しまれ、思うように公務をこなすことの出来なかった雅子さまのことを案じてのことだったのであろうが、現在、皇后陛下として大変な活躍を見せられ、多くの国民から深く愛され、尊敬されているお姿をみれば、こうした雅子さまに対する心配は全くの杞憂であったことが分かる。

とはいえ、当時は、実際に雅子さまと紀子さまを比較し、「公務を立派にこなされる紀子さまの方が将来の皇后として相応しい優れた素質をお持ちである」などと論じる評論家が数多く存在したのだ。

さらに、2006年に紀子さまが悠仁さまを出産されたことも、こうした論調に拍車をかけた。今から振り返れば、全く時代錯誤の女性差別的な議論であるようにも思えるが、当時は、実際に「紀子さまが男子を出産されたのだから、女子しか授かれなかった皇太子ご夫妻は用済みだ」と言わんばかりの暴論が堂々とまかり通っていたのだ。

「次の皇后は紀子さまですよ」

こうした「皇太子ご一家不要論」を唱える論者の多くは、紀子さまや、紀子さまの父親の川嶋教授と近い関係にある人物であった。

たとえば、ブログ上で雅子さまへの誹謗中傷を繰り返し、平成の時代に「現皇太子を廃嫡 皇太子位を秋篠宮文仁殿下へ移譲」という署名運動を行ったデヴィ夫人は、秋篠宮ご夫妻と懇意であったことが知られている。

以下の2枚の写真は、『デヴィ・スカルノ回想録』に掲載されていた、デヴィ夫人と秋篠宮ご夫妻とのツーショット写真だ。

1枚目 デヴィ夫人と笑顔でツーショット写真を撮られている秋篠宮殿下 
2枚目 デヴィ夫人と楽しく談笑されている紀子さま

秋篠宮ご夫妻が共に満面の笑みで、デヴィ夫人と写真を撮られていることから、ご夫妻とデヴィ夫人が大変懇意な関係であることが伺われる。

また、平成の時代に、雑誌やネットメディア等で雅子さまへの非難や中傷を繰り返してきた八木秀次氏や高清水有子氏なども、秋篠宮ご夫妻のお友達であることが知られている。

こうした紀子さまの周辺にいた太鼓持ちの学者や評論家連中の存在は、紀子さまの傲慢さや過剰な自信を強める原因ともなったようだ。

「こうした秋篠宮家や、紀子さまを絶賛していた学者や評論家の多くは、雑誌やネットメディアで紀子さまを称賛するばかりではなく、なんと、実際に紀子さまの目の前で“あなたは本当に素晴らしい存在です”“次の皇后に相応しいのは雅子さまではなく、紀子さまに違いありません”などと歯の浮くようなお世辞を繰り返し口にしていたようです。

さらに、中には“おそらく皇太子ご夫妻は皇位継承を辞退するでしょう”“あんな適応障害の女は皇后に相応しくありません。次に皇后になるべきは紀子さまに違いありません”などと真顔で語る者も少なくありませんでした。

また、紀子さまもそうした称賛やお世辞を真に受けており、お酒の入る席では、“次の皇后は私です”などと仰られることもあったようです」(宮内庁関係者)

紀子さまが、こうした傲慢とも思えるほどの過剰な自信を抱かれていたことは、雑誌『THEMIS』で報じられた次のようなご発言からも伺うことが出来る。

周囲から悠仁さまの教育について助言されたとき、紀子さまは「私はこれから皇后になる人です。みなさんにどうこういわれる筋合いはありません」とピシャリ。「みなさん、平民に……」ともいわれたともいう。

『THEMIS』(2015年9月号)

こうしたお言葉を、代替わり前の2015年に口にされたことから、紀子さまが本気で雅子さまではなくご自身が皇后になろうと考えられていたことが分かる。

「雅子さんが私を差し置いて皇后になるのですか」

このように、ご自身が皇后になられるおつもりであった紀子さまは、上皇陛下の生前退位が決まり、天皇陛下の即位の準備を宮内庁が始めた際には、大変なショックを受けられたという。

「宮内庁が即位関連儀式の準備を始めたころ、紀子さまは大変なショックを受けられ、信じられないといったご様子で“雅子さんが私を差し置いて皇后になるのですか!?”と仰られたそうです。

さすがに、こうした発言には宮内庁の職員も驚き、同時に紀子さまの無知と傲慢さに呆れかえったようです」(前出の宮内庁関係者)

紀子さまは、雅子さまが皇后陛下となられることを知った時、ショックのあまり泣き崩れ、「これほどの屈辱はありません」と仰られたという。

現在、紀子さまは、「立皇嗣の礼」の儀式を成功させることに並々ならぬ強い意欲を見せられているというが、もしかすると、この儀式を成功させることで、雅子さまに先を越されたという無念の思いを晴らそうと必死に努力されているのかもしれない。

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