「雅子さまバッシング」の主犯は誰か?「お答えすることは差し控える」と隠した上皇陛下の真意



文/宮本タケロウ

心ない東宮家バッシング

何かと注目を集める秋篠宮家関連の報道が多くなってしまい、報道が隠れがちな雅子さまと美智子さま。11月8日に“立皇嗣の礼”が無事終われば、11月30日の秋篠宮殿下の誕生日会見(収録は20日前後)までに眞子さまから何らかの発表がある可能性が高いと見込まれています。

元宮内庁職員の小内誠一さんに話を伺ったところ「婚姻儀式の再延期を発表されると思います」とのことだ。一時金の受領や、結婚前に自主的な皇籍離脱などについては「一時金の辞退はあり得るでしょうが、自主的な皇籍離脱は三権の長を集めた皇室会議での承認が必要になり、前例ももないので、果たして現実的かどうか…」とのことです。まだまだ秋篠宮家には「向かい風」が吹きそうです。

ところで本サイト読者の皆様は覚えていると思いますが、今から10年前の2010年頃は、なかなか回復のしない雅子さまの適応障害の病状に付随して皇太子ご一家への根拠のないバッシングが深まっていた時期でした。

雅子さまの病状がなかなか好転せず、愛子さまの不規則登校も続くという“異常事態”に東宮家が見舞われていたこの時期、天皇誕生日(現・上皇)の会見で天皇(現・上皇)に対し、「孫との交流」「皇太子ご一家の状況」というテーマで質問がありました。

「孫との交流」の孫とは愛子さまと秋篠宮家の3方(眞子さま、佳子さま、悠仁さま)のことですが、秋篠宮家の3方との交流については、記者会見で上皇陛下はこのように話されています。

天皇陛下

眞子は,国際基督教大学に入学し,学生生活を楽しく過ごしているようでうれしく思っています。夏には海外英語研修プログラムに参加し,アイルランドで,ほぼ40日間,国の異なる人々と生活を共にしています。帰国後,写真を見せて丁寧に説明してくれました。将来,大学生活を振り返り,有意義なときだったと思えるような日々を送ってほしいと願っています。

佳子は,学習院女子高等科に進学しました。眞子が高等科在学中毎年出席していた全国高等学校総合文化祭に,今年から佳子が秋篠宮,同妃に付いて出席することになりました。このような高校生の行事で,他の高校の生徒と話し合う機会があることは,非常に良いことと思っています。御所で,皇太子一家,秋篠宮一家が集まり,大人同士が話し合っているようなとき,佳子は,よく愛子や悠仁の面倒を見,一緒に遊んでくれます。佳子のこのような気遣いをうれしく思っています。

悠仁は,お茶の水女子大学附属幼稚園に入園し,楽しく幼稚園生活を送っているようです。虫が好きで,秋には生物学研究所や御所の庭に来て,バッタやカマキリを捕まえたりしています。果実にも関心があり,生物学研究所のブドウの実が大きくなっていく様子を見たり,カキの実を採ったりしています。秋篠宮の誕生日に,皇后がその日庭で採ったよい香りのするカリンの実を持って行って悠仁に見せたところ,悠仁はその重い実を大事に抱えて,行く先々へ持って行く姿がとてもかわいらしく見えました

天皇陛下お誕生日に際し(平成22年)

上皇陛下は秋篠宮家の孫3方との交流は非常に具体的な内容をお話になります。

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天皇陛下「皇太子ご一家の現状については答えを差し控えたい」

では、上皇陛下は愛子さまとの交流についてはどのように話したのでしょうか。

ご存知の方もいるかもしれませんが、それは次のようなネガティブな内容でした。

今年は,学習院初等科3年になる愛子に,登校が難しくなるという思い掛けない問題が起こり,心配しています。皇太子,皇太子妃の心配も大きいことと案じています。

そのようなことから愛子と会う機会も限られ,残念ですが,交流としてお話しできるようなことはまだありません。

皇后は他の孫たち同様,愛子をとてもかわいがっており,愛子もこちらに来るときには必ず庭の花を摘んできて皇后に手渡しています。先日来たときには,飼っている猫の動画を熱心に皇后に見せていました。運動会の映像で見る愛子は,昨年と変わらず,元気に楽しんでいるようで,安堵どしています。

天皇陛下お誕生日に際し(平成22年)

いかがでしょうか。

上記の秋篠宮家の孫3方との交流に比べ具体性に乏しく、「交流としてお話できるようなことはまだありません」と述べ、自分ではなく、皇后(美智子さま)との交流を引用しています。

また、「運動会の映像で見る愛子」と、肉親でありながら、映像でしか様子を伺うことができないという状況が推察されますね。

そして、上皇陛下は同じ会見で「皇太子ご一家の状況」に関しての質問については、このようにお答えになっています。

皇太子一家の現状については,皇太子妃が病気ですので,お答えすることは差し控えたく思います。皇太子妃の公務のことがよく言われますが,何よりも健康の回復に心掛けるよう願っています。

天皇陛下お誕生日に際し(平成22年)

以上、上皇陛下の一連の発言から、当時の皇太子ご一家が「天皇に挨拶することもできない愛子さまの状態」と「雅子さまのご病気」という“異常事態”を抱えていたことが分かると思います。

雅子さまの病名は「ディスミチア症候群」?

天皇(当時)をして「お答えすることは差し控える」と述べさせた“異常事態”の原因の一つは、冒頭に述べた通り、雅子さまのご病気「適応障害」であると言われていますが、この頃の皇太子一家のご様子を推し知るうえで重要なことが、時代が下りますが、2012年1月の『週刊新潮』に詳しく書かれています。

なんとその記事によれば、雅子さまが病んでいたのは、実は「適応障害」ではなく、ある別の病気だったとのことです。

その病名は「ディスミチア症候群」

“他罰感情”がその特徴の精神疾患でした。

さきに本誌は、ご病状が「適応障害」には当たらず、他罰的感情をその特徴とする「ディスチミア症候群」ではないかと報じた。事実、そうしたお振る舞いは長期療養に入られる2003年以前、さらに言えばご成婚直後から見受けられたという。

さる東宮職OBによれば、
「ご懐妊の兆しが見える数年前、東宮ご夫妻が揃ってある地方都市を視察されたことがありました。土地の産業や地域の過疎化などについて、県や市の幹部と意見交換し、食事をともにされたのですが、後日、妃殿下は『ああいう集まりには、もう二度と出席したいとは思いません』と仰せになったのです」
 このOBが当時、耳を疑ったのは言うまでもない。
「つまりは、現在のご自分のお暮らしとは直接に関係がないことだというようなご趣旨だったのですが、皇族のお立場というものについて、根本的にご理解が異なっているのではないか、という違和感を強く覚えたことを記憶しています」

『週刊新潮』(2012年1月5・12日)「雅子さまに御された「東宮」のラスプーチン」

なんと、「ああいう集まりには出席したいとは思いません」と雅子さまが非常に強い口調で仰ったとのこと…

『週刊新潮』は2010年頃が、雅子さまの“他罰感情”のピークだったとして、このように続けます。

現在、「他罰的感情」の集大成ともいえるのは、晩秋まで断続的に続けられていた愛子さまへのお付添い登下校であるという。

先の東宮職関係者によれば、ここには、学習院への痛烈な「あてこすり」が見て取れるという。
「9月に行われた愛子さまの校外学習に妃殿下が同行された件は、世間でも物議を醸しました。そのため、妃殿下は徐々にお付添いを控えられるようになりましたが、これまでのお振る舞いには“娘にあれだけのこと(不登校の原因となった乱暴行為)をしておいてどうするのか”という抗議の意が込められています。

妃殿下はその点、どうしても学習院に非を認めさせたいのでしょう」

『週刊新潮』(2012年1月5・12日)「雅子さまに御された「東宮」のラスプーチン」

愛子さまへの付き添い登校は「私が病気でも、この子だけは絶対に守らなければいけない」という雅子さまの強さの表れだというのが世間一般の理解だと思うのですが、確かに、仮に、雅子さまのご病気が「適応障害」ではなく、実は「ディスミチア症候群」だったのであれば、「付き添い登校は学習院へのあてこすり」という分析も一理はあるかもしれません。

なんだかんだ言って、状況は好転した

2010年頃の雅子さまのご病気が、果たして適応障害だったのか、ディスミチア症候群だったのか、専門家ではない筆者にそれを判断する術はありません。

しかし、ただ一つ確実に言えることは、「令和になって、雅子さまのご病状も回復傾向にあり、また、愛子さまも皇女様としてご立派に成長された」ということです。

思えば2010年頃は根拠薄弱な雅子さま・東宮家バッシングが留まることを知らなかった時期です。そのような時期を経て、2019年に即位・改元したとたん、マスコミはコロンと手のひらを反すようにアゲ報道に変わっていきました。

こうした経緯を考えると、現在高まっている秋篠宮家への心ないバッシングも時が経てば何事もなかったかのようにアゲ報道に変わるものと予想できるのではないでしょうか。雅子さまバッシングの主犯はだれだったのか? それは無責任なメディアの報道であったに違いありません。

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