ミテコの“雌叫び”「雅子さん、無慈悲!」 コロナ禍で両陛下の大失態が物議



文/宮本タケロウ

両陛下の尊き“沈黙”

7月10日発売の『文藝春秋』(2020年8月号)に「天皇と皇后はなぜ沈黙しているのか」と題する原武史氏(放送大学教授)の論考が発表されました。

原武史論考は、終息が見えないコロナウイルス禍のなかで、平成であればきっとあったであろう国民への励ましのメッセージが天皇から出ないことを分析・論評したものになります。元宮内庁職員の小内誠一さんも「おそらく美智子さまは、コロナ禍にあって沈黙されている雅子さまに『雅子さんは無慈悲!』と雄叫び(雌叫び)され大変ご立腹でしょう」と語ります。確かに両陛下の沈黙を「大失態」と捉える人は多いようです。だが先の小内さんは「両陛下の沈黙こそ尊いのです」と断言する。

今回は原武史論考を紹介しつつ、「両陛下の“沈黙”」の意義について考えてみたいと思います。

(フェミニンな魅力にあふれる美智子さま)

ヨーロッパ王室は皆メッセージを発している

まず、『文藝春秋』論考で、原武史氏はこう述べます。

世界を見渡すと、各国の王室はヨーロッパを中心として、東日本大震災の時の天皇のようなメッセージを出しています。イギリスのエリザベス女王は、4月5日に国民向けのテレビ演説を行いました。女王は「すべての人がこの困難にどのように立ち向かったかを誇れる日が来ると信じている、後世の人は、この世代の英国人が一番強かったというだろう」と呼びかけました。

『文藝春秋』2020年8月号
(コロナウイルス禍に際してのエリザベス女王の演説)

世界各国の王室はコロナ禍に関して、様々な国民をはげますメッセージを出しており、原武史氏はこれについて、「天皇がひとたびそうしたメッセージを出せば、イギリスやオランダと同じように、国民は励まされ、歓迎する空気が生まれるのも間違いありません」と述べ、4月に、「即位から1年後の5月1日には何らかのメッセージが出るのではないか?」と予測しましたが、3月、4月、5月と沈黙は続き、それは今にも続いています。

その後、宮内庁は5月20日になって、陛下のご進講の際の以下の「挨拶」をホームページに公開しました。

この度の感染症の拡大は,人類にとって大きな試練であり,我が国でも数多くの命が危険にさらされたり,多くの人々が様々な困難に直面したりしていることを深く案じています。今後,私たち皆がなお一層心を一つにして力を合わせながら,この感染症を抑え込み,現在の難しい状況を乗り越えていくことを心から願っています。

宮内庁ホームページ

ご進講での発言を宮内庁が公開するのは異例のことですが、これについて原武史は、東日本大震災の時の上皇のビデオメッセージと比較して、

「今回の天皇の「ご発言」には、そうした(東日本大震災の時の上皇陛下のような)天皇自身の意思をそこに感じることができません。言い回しが抽象的で、あえて言えば官僚の作文のようでもあります」と厳しく批評して、こう述べます。

これに比べれば、同じく宮内庁のHPからリンクが張られている、済生会病院に充てた秋篠宮のメッセージの方が具体的で文量も多く、自らの言葉で「医療従事者を励まそうとする意志」が感じられます。秋篠宮の方が「平成流」を意識しているように思われるのです。

そもそも国民の多くは、わざわざアクセスしないと見られない「ご発言」を知らないでしょう。

『文藝春秋』2020年8月号

まるで「天皇よりも秋篠宮の方が国民に寄り添っている」ともとれる主張です。このように、コロナウイルス禍に際して、天皇陛下が「沈黙」を続けることを、原武史氏は批判的に分析しています。

天皇陛下の“沈黙”の理由は何か

しかし、一体、この「沈黙」の理由はいったい何なのでしょうか。

良くも悪くも常に国民に見えることを意識した平成の皇室であれば、平成流を踏襲するような秋篠宮家の手作りガウン寄贈や済生会病院へのメッセージに代表されるように、しっかりしたタイミングを見計らって国民に対して激励のメッセージを出したでしょうが、それをしなかった/現在までしていない理由は何なのでしょうか。

原武史氏はその理由を2つに分析しています。

  1. ビデオメッセージを出すタイミングを逸した。
  2. 天皇自身か側近が判断してあえてメッセージを発しないと決めた。

①の理由は、単にウイルスの拡大という終わりや始まりが明確でない前例のない脅威に対して、どの瞬間でメッセージを出すかが分かりづらく、時機を逃してしまったということです。

問題は②の「天皇自身か側近が判断してあえてメッセージを発しないと決めた」という理由です。原武史氏はこの理由についてこう述べます。

2016年に上皇が出した「退位を巡るビデオメッセージ」は少なからぬ軋轢を、皇室と時の政権の間に生み出しました。

同上

「軋轢」とは、2016年の上皇陛下の“退位メッセージ”によって、現行憲法では天皇は国政に関する権能を有しないにもかかわらず、天皇が個人としての意思を以てビデオメッセージを公開し、政府や国会を通さずに国民に直に語り掛けたことで、政治が動かざるを得なくなったという憲法の想定しない超法規的状態を指します。

(上皇陛下ビデオメッセージに注目する人々。慈悲に満ちたメッセージに多くの国民が感動した)

法の上に天皇が立ち、露骨に国政を動かしたのです。(中略)メッセージの発表翌月には宮内庁長官が事実上更迭されるなど、内閣と宮内庁の軋轢が見え隠れしました

同上

多くの国民が共感を以て見た上皇陛下の「退位メッセージ」ではありますが、冷静に分析すれば「法の上に天皇が立ち、露骨に国政を動かした」のは間違いなく、今の天皇と皇后はそうした経緯をつぶさに見ていたはずであり、原武史氏はそうした点を踏まえて、次のように結論付けます。

今回メッセージを出さなかったのは、2016年(の”退位メッセージ”)を反面教師にして、内閣との関係や日本国憲法における象徴天皇の在り方について、より慎重に考えた結果とも考えられます

同上

また、原武史氏は天皇が能動的に動くと、その時の政権を批判するための材料として天皇の言動が利用されてしまう危険性があるということも述べます。これは、確かにそうでしょう。

論考の本文中で原武史氏も例として述べていますが、東日本大震災の時に、当時の天皇(現・上皇)が能動的にビデオメッセージを発し、被災地に精力的に赴いて被災者と直接寄り添ったため、それが「天皇に比べて菅直人の被災者への態度はなんだ!」と、天皇の言動をダシにした政権批判に発展しました(もっとも当時の菅政権への批判は妥当なものですが)。

(東日本大震災の被災者から責められる菅総理(当時))

天皇が“メッセージ”を発する必要はない?

以上、コロナウイルス禍に対しての天皇陛下の”沈黙”を、原武史氏の論考に従って考えてきました。

平成とは異なる現在の天皇の沈黙を、原武史氏は平成との批判的な比較を出発点に分析しますが、しかしながら、巷には「コロナウイルスだからといって天皇が発信しなければいけない理由はない」「むしろ平成のようにやすやすと発信しないことに意義がある」といった現在の両陛下の”沈黙”を擁護する言説も多くあります。

確かに、考えてみれば、近代にいたってからの天皇の流儀はそれぞれの天皇によって異なりましたので、令和が平成を踏襲しなければならない理由はありません。

時代をさかのぼれば、明治天皇は私的な外出は好まず、宮中祭祀は「形」にこだわって自身は欠席をすることも多かったです。神聖視された明治大帝とは異なって、大正天皇は自由な気質で大いに日本全国を旅行し、蕎麦屋に立ち寄ったことでも知られています。昭和は戦前と戦後で全く異なりますし、昭和と平成の皇室は宮中祭祀の熱心さは共有していましたが、国民への見せ方が大いに“違っていた(違って見えた)”ことも時折メディアでクローズアップされますね。

原武史が今回の『文藝春秋』論考の中で、述べている次の一節が今回の「沈黙」を理解するうえで重要ではないかと私には思われます。

明治時代以降の天皇は、前代の在り方について、継ぐべきは継ぎ、改めるべきは改めるということを繰り返してきたのです、令和の世もそれは変わらないでしょう。

今はその新たなスタイルを模索している段階だと私は思います。

同上

天皇と共に、国民も変容してきたのが日本の歴史

令和の皇室、令和の両陛下の確立する”新たなスタイル”がどのようなものになるかはまだ分かりません。

原武史は「天皇制は“柔軟”」として、皇室は時代に合わせて変容してきたと言いますが、私はそれに加え、皇室が変容すると同時に、むしろ、国民自身が皇室に対するパーセプション/受け止め方を同時に変容させてきたのが、日本の歴史だと思います。

明治は明治、大正は大正、昭和は昭和、平成は平成、そして令和は令和… 

国民と皇室がともに相互に「在り方」「受け止め方」を変化させながら築いてきたのが近代の天皇制と言えるでしょう。

令和の“新たなスタイル”いかに平成と異なっていようとも、令和は令和流で、国民が当然のものとして受け止められる日は間違いなく「訪れる」ことと確信しています。それこそが両陛下の深い慈愛なのだ。多くの国民は令和皇室の尊さを心から尊敬している。雅子さまの微笑みは、美智子さまの自愛よりも国民に寄り添っているようだ。