竹田恒泰『天皇の国史』は「不合理ゆえにわれ信ず」の“聖書” なぜ保守は「矛盾」に気が付かないのか?



文/小内誠一

素晴らしき『天皇の国史』

不合理ゆえにわれ信ず」(Credo quia absurdum)という有名な言葉がある。神学者テルトゥリアヌス(160? – 220?)の言葉とされる。聖書には不条理・不合理な記述が満ち満ちているが、だからこそ事実であると「信じる」という信仰告白だ。

私は竹田恒泰氏『天皇の国史』(PHP研究所、2020)を読み、これが保守派にとっての聖書である痛感した。事実誤認やら矛盾やらが膨大にあるにもかかわらず、保守派の方々は本書を大絶賛。「『天皇の国史』は正しくて素晴らしい」という信仰告白がネットには溢れている。彼らには本書の事実誤認や矛盾が全く見えないらしい。

かかる意味で『天皇の国史』は素晴らしい宗教書だ。

『天皇の国史』における矛盾

旧宮家の御子息である竹田恒泰氏『天皇の国史』(PHP研究所、2020)には、不可思議な記述が多い。特に気になるのは、神話を史実と認定しておきながら、別の個所では歴史学・考古学の見地を是と引用している点だ。

たとえば、竹田氏は高天原(天空世界)の存在を信じ、そこから地上世界に水田稲作がもたらされたと真剣に論じている。

先ず高天原で畑作農業と水田農業が始められ、神産巣日神により地上に伝えられ大国主審と少名毘古那神が広めたのが粟を中心とする畑作であり、後に天孫降臨で邇邇芸命により地上に伝えられたのが水田耕作だったと結論付けられる。

竹田恒泰氏『天皇の国史』PHP研究所

まさしく仰天すべき記述であり、記紀神話をそのまま信じているのは明白だ。

中国から水田稲作が伝わった?

このように「高天原(天空世界)から地上世界に稲作が伝わった」とする一方で「稲作は支那大陸から直接日本列島に伝わった」とも同書で主張している。

稲作の起源については長年論争があり、インドのアッサム州、あるいは中国の雲南省、もしくは東南アジアが起源という節があったが、近年は考古学と分子生物学により、学界では長江中下流域が起源であるということで一致しつつある。

ただし、長江中下流域でも遺跡の年代を確定する上で問題があり、また何を以って確実な水稲農耕の跡としてみるか意見が分かれいているため、どの遺跡が稲作の起源であるかを確定することは難しい。

(中略)

考古学的事実から、③の長江下流域から九州へ直接(稲作が)伝わったとの説が妥当するというべきである。

竹田恒泰氏『天皇の国史』PHP研究所(引用文中の括弧は著者による補い)

ある個所では「水田稲作は高天原(天空世界)から地上に伝わった」と言っているのに、別の個所では「水田稲作は長江下流から九州地方に伝わった」と述べており、矛盾していることは明白だ。こういった矛盾に全く気付かずに「本書は素晴らしい」と言ってしまうのが保守派であり、まさに「不合理ゆえにわれ信ず」(Credo quia absurdum)を地で行く信仰告白だ。

もしかしたら竹田氏は「長江下流こそが高天原(天空世界)である」と考えているのかもしれないが、彼のイデオロギー的にそれはあり得そうもない。こういった矛盾が本書にはいたるところで確認され、読者を混乱させる。そもそも本書を購入する層は、そういった矛盾を気にしない「信者」なのかもしれないが。