愛子さま“インスタ開設”に、美智子さま「私より目立つの?」の自愛 開かれた皇室はどこへ向かうのか 



文/宮本タケロウ

「開かれた皇室」

戦後の象徴天皇制での皇室を語る時に、「開かれた皇室」という言葉が非常に言われることがあります。

江戸時代のように御簾の中にいる“天子”ではなく、明治時代のような“神聖不可侵の国家元首”ではなく、また昭和の一時期のような“現人神”でもない、象徴天皇制の“開かれた皇室”とは、どのようなものを指すのでしょうか。

マスメディアの間では「開かれた皇室」という言葉が独り歩きをしていて、未だその「開かれた皇室」がどのようなものであるかを明確に論じたものはありません。

今回は、令和の御代に相応しい「開かれた皇室」とはどのようなものなのかを考えてみたいと思います。

美しき美智子さま。平成皇室を「開かれた皇室」に改革した功労者。

眞子さま「体」に刻まれた「小室圭」の痕跡 秋篠宮さま絶叫!

「開かれた皇室」への反対意見

まず、ある意味で皇室の大衆化を意味する「開かれた皇室」には主に保守派から「皇室の尊厳を損なう」として反対する意見も顕著にあります。

例えば、中国古典哲学が専門の大阪大学名誉教授の加地伸行はこう述べます。

両陛下は、可能なかぎり、皇居奥深くにおられることを第一とし、国民の前にお出ましになられないことである。(略)

<開かれた皇室>という<怪しげな民主主義>に寄られることなく<閉ざされた皇室>としてましましていただきたいのである。そうすれば、おそらく御負担は本質的に激減することであろう

(加地伸行・阪大名誉教授「WiLL」2016年9月号)

上記のように保守派からは忌避される「開かれた皇室」ですが、反対にリベラル派からは「皇室への好感が増す」として賛成されることが多いです。

リベラルは「開かれた皇室」に賛成

“象徴天皇制”の研究で知られる歴史学者・河西秀哉氏(名古屋大学准教授)は昭和の時代には世論調査で「皇室への無感情」が多かったのに、平成で「開かれた皇室」が進んだ結果、「皇室への好感」が増したとしてこう述べます。

平成も5年が経過した1993年の調査では、「好感」が急に43%と数値を伸ばし、「無感情」が34%とそれまでよりも減少したため、人々の天皇に対する感情で最も多いのは「好感」になり、その順位が逆転したのである。(中略)

また、明仁天皇・美智子皇后は即位後、積極的に全国を旅して人々と接触していった。昭和末期は、昭和天皇の体調の関係もあり、こうした活動は控えられていたことから、平成の皇室の動向に対して報道も過熱化し、それが人々に受容されていったのであろう。これは「開かれた皇室」とも呼ばれ、新しい天皇制のあり方として好意的に報道されていった。それゆえ、「無感情」が減って「好感」が増えたのである。

河西秀哉「現代ビジネス」(2017年6月1日記事)

このように賛否両論が多い「開かれた皇室」ですが、賛も否も両方ともにどちらも一理あるので、現実的にどのような判断すればよいかはなかなか難しい問題です。

保守派は明治憲法下の“神聖不可侵の天皇”をスタンダードにして「開かれた皇室」に反対し、リベラルは民主主義下の“象徴天皇”をスタンダードに「開かれた皇室」に賛成している状況だと言えるでしょう。

海外王室はどのような「開かれた王室」か

それでは、ここで、海外王室に目を向けて「開かれた王室/皇室」について考えてみましょう。

立憲君主制の専門家である君塚直隆(関東学院大学教授)は著書『立憲君主制の現在 日本人は「象徴天皇」を維持できるか』にて、「「開かれた皇室」?さらなる広報の必要性」という章を設けて、欧州王室やタイ王室を引き合いに出し、開かれた皇室を論じています。我が国における「開かれた皇室」は美智子さまの尽力によって平成期に形成されたものです。目立ち過ぎとの批評もありますが、まさに美智子さまは偉大な皇后でした。

ところでタイ王室は今でも“不敬罪”があり、なんでも映画館で映画が上映される前には国王の御真影がスクリーンに映し出され、国歌が劇場内に流れるそうで、その時には観客は直立不動の姿勢をとらなければならないと聞いたことがあります。

このような神聖不可侵の国王を戴くタイ王国ですが、君塚氏によると、驚くべきことに、タイ国王の知名度が上がったのはほんの数十年の歴史しかないそうです。

タイのプーミポン国王は、第七章(二二三頁)でも詳述したとおり、全国への行幸や「王室プロジェクト」などでタイ国民から崇敬の対象となっていた。しかし国王による全国行幸が始められた当初は、特にタイ東北部などでは、人々の多くが国王の顔も知らず、「小ぎれいな格好をしている」政府高官や宮廷職員を「国王と間違えて」平伏してしまうようなことも見られたとされる。

やがて国王自身による地道な活動や国内外のマスメディアからの取材に積極的に応じたり、一九五○〜七○年代には、国王を被写体とするだけではなく国王自身が制作を陣頭指揮した「陛下の映画」が全国で上映されるなどして、プーミポン国王は国民からの絶大な支持を集めることになった

君塚直隆『立憲君主制の現在 日本人は「象徴天皇」を維持できるか』新潮選書、2018年、258頁

プミポン国王への崇敬が増したのは、開かれた王室の努力を王室が行ったからと言えますね。また、君塚氏はイギリスのウインザー王室についても興味深いことを述べています。

いまやメディアを通じて国内はもとより、世界中でも注目を集めるイギリス王室でさえ、現在のような「安定した立場」をつかんだのは、一九九七年夏の「ダイアナ事件」で教訓を得た後のことである。エリザベス女王をはじめ、王族たちが年間3000件を超す公務をこなし、カナダなど英連邦王国も含めて3000以上もの団体の会長や総裁(パトロン)を務めていることなど、イギリス国民の大半が知らなかった。

ましてや彼らの多くは「王室は自分たちの税金でのうのうと暮らしている」などという「誤解」まで持ち続けていたほどであった。

それがホームページを立ち上げ、ユーチューブやツイッター、フェイスブックやインスタグラムなど最新の通信媒体を活用して、日々の王室の活動を多彩な最新の写真までアップして紹介することで、国民はようやく「王室の激務」を理解したのである。

同上、258-259頁

イギリス王室は、ダイアナ元皇太子妃のパパラッチに追われた挙句の死亡事故自体が「開かれた王室」の成れの果てであるかのように言われますが、上記によると、「ダイアナ事件」までは、「開かれた王室」といっても無理やりにマスコミから強引に開かせられていた状況だったものの、「ダイアナ事件」以後に、王室自ら率先して透明性を確保する努力をし、真の意味で「開かれた王室」となった、ということになるでしょう。

(イギリス王室のインスタ)

君塚氏は、上記のようなタイ王室やイギリス王室の取り組みを引用して、こう結論付けます。

タイやイギリスと同様に、皇族たちは毎日を多忙な公務に囲まれて過ごしているはずである。しかし宮内庁のホームページでは最新の写真など滅多にアップもされず、皇族の日々の公務を事前に紹介することさえない。(中略)

「国民と共にある皇室」をめざすためには、時代の変化に即した様々な機器を使い、時代とともに変化する国民のニーズにあった情報を、「可能な範囲内」でもよいから、国民へと伝えていくことがより望まれるのではないだろうか。

同上、259頁

君塚氏の言う「時代とともに変化する国民のニーズにあった情報を…国民へと伝えていくことがより望まれる」というのは、確かにその通りかもしれません。

過剰に行儀が良くなりすぎた平成の皇室

考えてみれば、保守派がスタンダードにする「明治憲法下の天皇」も、誰も御簾の向こうの天皇の顔を見たことがない江戸時代のスタンダードから考えれば、明らかに「過度に開かれた皇室」であり、とんでもない伝統破壊でした。

また、昭和の皇室は三笠宮家の寛仁親王が「徹子の部屋」や「オールナイトニッポン」に出演したり、高円宮さまがエイプリルフールにテレビに出演して「今日は何を言っても良い日ですから」と冗談を述べたり、また高松宮さまが「新春座談会皇族団欒」と題して雑誌『文藝春秋』で皇室の不満をざっくばらんに話したこともありました。

(高円宮同妃両殿下)

 

「ざっくばらんだった昭和の皇室」が「過剰に行儀がよくなりすぎた平成の皇室になってしまったと言ったら言い過ぎでしょうか。美智子さまによって主導された「開かれた皇室」は、あらゆる意味で「公」の存在になってしまい、私や個といった側面がそぎ落とされてしまったように思います。

そう考えると、時代の要請に合わせて“国民への見え方”を調整すること自体が悪い事だとは決して言えないでしょう。

令和のうちに、愛子さまがインスタを開設する?

さて、このように様々な視点から議論がなされる「開かれた皇室」ですが、令和の御代ではどうなっていくのでしょうか。

令和の「開かれた皇室」はどうなるか…

その予見とも言えることが最近では起こっています。例えば、愛子さまご自身が撮影した蚕の繭の写真が公開されました。未成年皇族自身が自分の趣味を撮影したスナップが公開されるのは異例ですし、また、三笠宮家の彬子女王自身が総裁を務める社団法人「心游舎」で彬子女王自身がオンラインでセミナーに参加された様子も報道されました。

 

また、主要メディアではまったく報道されていないのが残念すぎる程ですが、「心游舎」のホームページには彬子女王の精力的なご活躍がたくさんの写真で報告されています。

(「心游舎」にて國學院大學と共同開催の米つくりワークショップに参加した彬子女王)

 

田植えを終えて、アイスクリーム(ガリガリ君か?)を美味しそうにほうばる彬子女王殿下のお姿。まさか皇族初のオックスフォード博士号取得者とは思えない気さくさが、本当に素敵ですね。

皇室の国民への“見え方”も、時代と共に変わっていくものです。そして、インターネットや新聞、テレビ、さらにSNSなどは、そのツールに過ぎません。

もしかしたら、令和の内に皇族個人、例えば成年を終えた愛子さまがインスタグラムやTwitterなどのSNSをたしなむ日が来るようになるかもしれませんね。そして、むしろその方が、不確定情報が言いたい放題に週刊誌で放言される現在の状況よりは健全かもしれません。

これについて元宮内庁職員の小内誠一さんに意見を求めたところ「愛子さまがインスタ開設ですか? まずは美智子さまのインスタを最初に開設させないといけませんね。『私より目立つの?』と仰りそうですね(笑)何せ自愛のひとですから」とのことでした。

眞子さま「体」に刻まれた「小室圭」の痕跡 秋篠宮さま絶叫!