紀子さま「雅子さん。悠仁のこと“ズルヒト”だなんて言えませんわねぇ」と笑顔 皇后さまに「裏口」の過去 



文/宮本タケロウ

輝かしい経歴の皇后陛下

11月8日に予定される“立皇嗣の礼”をもって、名実ともに皇統は秋篠宮家に移ることが確定する。法律上は秋篠宮殿下は既に“皇嗣”でありますが、まだ歴代皇太子が相伝する護り刀“壺切御剣”を拝受していないなど、儀礼上はまだまだ暫定的な立場にある。言い換えれば、両陛下からご裁可を得たのに、“納采の儀”を経ていないため婚約「内定者」にある小室圭さんのようなものかもしれない。

皇統が秋篠宮家に移るということは、秋篠宮殿下、悠仁さまと皇位が紡がれていくことを意味する。だが多くの国民は「自由奔放に過ごされてきた秋篠宮殿下に天皇が務まるのだろうか?」「皇室圧力で“提携校進学”を創設させて、悠仁さまを名門・筑波大学付属に進学させようとしていた悠仁さまに皇統がつとまるのか?」と考えている。

だがこれは杞憂だ。全く問題ない。なぜなら雅子さまにも“同じ穴の狢”だからだ。紀子さまが「雅子さん。悠仁のこと“ズルヒト”だなんて言えませんわねぇ」と笑顔になっておいでだろう。

ハーバード大学卒業、東京大学入学、キャリア外交官…という華々しい経歴をお持ちの雅子さまだが、一つだけ経歴に瑕疵がある。

それは、「外務省に裏口から就職したのではないか」という疑惑である。何しろ父親の小和田恒氏が外務省の事務次官を務めたエリートキャリア官僚であることを考えると、娘の雅子さまの就職になんらかの根回しをしたのは当然という“ウワサ”が一部からささやかれている。

今回の記事ではこの「雅子さま外務省“裏口”試験」を検証したい。

颯然と成長されている悠仁さま。成績も優秀で、芸術的才能にも満ち溢れたスーパープリンス。秋篠宮殿下には父親としての威厳が漲っている。

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コネの温床、外交官試験

まず、外務省に入省するためには、国家公務員試験を受験する必要がある。雅子さまが入省したのは1987年、現在は廃止されている「外交官試験」を通じてであった。

2000年のいわゆる「外務省改革」にて廃止されたこの「外交官試験」が曲者だったのは有名な話だ(だからこそ廃止された)。『お笑い!外務省機密情報』(飛鳥新社)にはこうある。

中央官庁のキャリア組のなかでも外交官だけ別扱いにして、特別に『外交官試験』を行う。(中略)

しかも、試験官と受験生が実は血のつながりがあったり、そうでなくとも『世話になった、かつての上司の息子さん』が受験生――ということは頻発している。

コネ優先なんて半端なものじゃない。事実上、身内が身内を選ぶ、身内しか選ばないシステム、それが外交官試験である。

テリー伊藤『お笑い!外務省機密情報』(飛鳥新社、1997年)

外交官試験は、「外交官が自分の子弟を外交官に選ぶ制度」であったと言っても過言ではない。 週刊新潮(2004年12月23日発行)によると「外交官試験には大使の子が5人に1人合格していた」(高山正行・帝京大学教授)とある。

大使の子供がすべて外交官試験を受けるわけではないので、「5人に1人合格」ならよほどのことがない限り、キャリア外交官の子供なら誰でも合格したと考えられる。

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外務省関係者の証言「コネ入省」はあった

2000年に悪名高い「外交官『裏口』試験」は廃止されたが、「裏口入省」は今も多いそうだ。ある外務省関係者はこう語る

「外務省は他の省庁に比べて子弟入省が今でも多いです。もちろん『裏口』と言っても、本人の実力が前提なのは事実ですが、2000年以前は単に英語さえできれば本人の人格や資質は無関係に合格していたのが実態なので、『なんでこんな人がキャリアなんだろう』という人もたくさんいます」(外務省関係者)

では、父親が条約局長と官房長を歴任した小和田恒氏という雅子さまの外務省入省はコネを使った入省だったのか?外務省関係者はさも当然のようにこう言った。

「そりゃコネ入省でしょうね。親が官房長なら、コネ使わないわけないでしょ(笑)」(外務省関係者)

(小和田恒氏)

悪びれない口調に思わず「なぜそんなに堂々としているんですか?」と聞き返すと、外務省関係者は「当時の外務省ではコネは悪いものという認識はなかった」と応じた。

「『コネ入省』をする側の理屈としては、外交官の親がいると、海外生活も長いので外交官としての資質もあるという考え方をするんです。それに、条約局長や官房長のお子さんをわざわざ不合格にするというのもカドがたつでしょ?

組織力学的にコネで採用した方が仕事がはかどるんですよ。今からしたらヒドイ話ですが、当時の常識では違法でも不当でもなく、ごく当然の認識でした。

雅子さん(注:一般に外務省員は「雅子さま」ではなく「雅子さん」と言う)は東大でしょ?三流大学ならダメですが、東大なら書類上問題ないので」(外務省関係者)

要するに、「『コネ』は否定できないが、別に『コネ』が悪いものではない」というのが外務省関係者の認識だ。しかし、「コネ入省」の証拠はあるのだろうか?

隠蔽された証拠…

雅子さまと同じ課(北米局)で勤務した経験のある現役の外務省員に話を聞いた。

「以前、雅子さんが働いていた北米局に勤めていた時、時間があったんで雅子さんが作った電報とか探してみたんですよ(笑)。そしたら驚きました。全部消去されているんです!

あ、別にやましいことがあるとかではなく、雅子さんがやった仕事で何か問題が発生したら雅子さんの責任になるので、すべて消去したんだと思います。仕事の成功も仕事のミスも、記録がないので調べようがないですね」(現役の外務省員)

「立つ鳥跡を濁さず」ということか…では人事課にも雅子さまの採用情報はないのだろうか?

「雅子さんの人事資料もたぶん消去したと思います。そうでなくとも、もはや保存期間も過ぎてるので、消去すること自体は全く問題ありません。悠仁さまの出生カルテも保存期間満了ともとにすぐに削除されたそうじゃないすか、皇室ではこれは常識なのでしょう」(現役の外務省員)

どうやら、「コネかコネでないかの証拠」すら外務省には残されていない、というのが実情のようだ。

(立つ鳥跡を濁さず、で外務省を去った雅子さま)

結論:疑惑は限りなく黒に近いグレー

冒頭の外務省関係者に「『コネ入省』の証拠はないようだが?」と問うと、「いや、別に『コネ入省』自体は悪くないんですよ。アメリカの就職は基本的にコネです。コネを極度に嫌うのは日本の文化です」と何度も繰り返し、このような答えた。

「そもそも雅子さんは経歴も実力も素晴らしかったのですから、今の基準ならコネなしでも採用はされているでしょう。しかし、1986年の外務省で、雅子さんが『小和田さんの娘』だったから採用されたのは、私は当然だと思います」(外務省関係者)

なんともグレーな結論となったが、少なくとも以下のことは結論として言えそうだ。

  1. 雅子さまの入省は当時の認識から推測して、コネ入省だったかもしれない。
  2. コネ入省だとしても当時はそれが当然だった。
  3. そして、コネがあろうがなかろうが、雅子さまは合格した。

こうしてみると、父親が小和田恒氏だったことで不利益を被っているように感じる。上記の③がもっとも重要であることは言うまでもない。

就職を経験することなく結婚することが当たり前だった時代、紀子さまは違い、雅子さまはバリバリのキャリアウーマンだった。そのようなお二人が同じ皇室に入られたというのは、運命の奇遇であろうか。

元宮内庁職員の小内誠一さんは次のように語る。「紀子さまは雅子さまを超えたいというずっと考え行動してこられました。ズルヒトの称号を返上し、悠仁さまの立派な学歴のためならば、ウルトラCも辞さない構えでしょう。それこそが国母の矜持だと紀子さまは確信しておいでです」

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