紀子さま「礼宮さまが初恋の人」と日本中を“ズッコケ”させる 昭和天皇「川嶋某には気を付けろ」が的中



文/佐藤公子

秋篠宮ご夫妻結婚30年

11月8日の“立皇嗣の礼”が迫りつつある。11月3日には三回目のリハーサルが行なわれ、秋篠宮家ご夫妻のみならず、天皇皇后両陛下も参加された。あと一回リハーサルは予定されている。

「天皇陛下と雅子さまからは仲睦まじさがオーラとして伝わってき来ます。特に雅子さまの微笑みを見るだけで心が洗われるようです。ですが秋篠宮ご夫妻からは目と目を合わせない緊張感が漂っています。これまではおしどり夫婦という設定を表面上はしっかり守っておられたのに、今はもう『隠せない』というご様子です」(宮内庁職員)

今年6月29日秋篠宮ご夫妻は、結婚から30年を迎えられた。だが今や仮面夫婦になりつつあるという。古くは『週刊現代』1996年8月24・31日号の段階で関係者が「諍いが絶えない」と証言しているが、その亀裂は広がるばかりのようだ。もちろんこうなってしまった背景には眞子さまの結婚問題が大きく横たわっている。思えば秋篠宮家は「愛」に揺らぐご一家であった。

現在、秋篠宮家では長女の眞子さまと婚約内定者の小室圭さんの結婚問題が国民の関心を集めているが、かつて、秋篠宮殿下と紀子さまの恋愛が話題となった際にも、多くの国民の注目を集めた。

秋篠宮殿下と紀子さまの結婚も、眞子さまと小室圭さん同様に宮内庁や多くの国民の強い反対を受けたが、そこには家の財力の格差や、昭和天皇が崩御されて1年を待たずして行った喪中結婚であったことなど様々な理由があった。

美男美女のパーフェクトカップルとして名を馳せた。殿下のダンディさと、紀子さまの美しさが際立つ。

 

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昭和天皇の「川嶋某には気を付けろ」発言の真相

また、昭和天皇は紀子さまのご実家の川嶋家の抱く野心を警戒され、「川嶋某には気を付けろ」と言った、などという噂も現在に至るまでまことしやかに語られている。

「実際のところ、この昭和天皇のご発言は情報元が確認できていません。そのため、おそらくはネット上で語られる一種の噂に過ぎないのではないでしょうか。紀子さまは一般庶民の家庭に生まれ、その後、秋篠宮殿下と学習院大学キャンパスでの出会いや恋愛を経て結婚し、皇族入りされました。

また、こうした紀子さまのシンデレラストーリーは多くの女性に憧れや羨望の感情を抱かせると同時に嫉妬や憎しみの感情を掻き立てることともなりました。

そのため、紀子さまのシンデレラストーリーを実現させるための野心に関して、昭和天皇の口を借りて批判をさせた、というのがこの創作された噂の出どころなのではないかと思われます。ですが昨今の事情を顧みると、この昭和天皇の御発言は本物で、その予言が本当にあたってしまったのではないかと思ってしまいます(全国紙社会部記者)

現在でも、裕福とは言い難い母子家庭にて育った小室圭さんに関して、眞子さまと結婚することで1億円以上の結婚一時金や皇族とのコネクションを獲得しようとしている、などとその野心が批判されているが、こうした批判は皇族と結婚しようとしている一般庶民には常に共通して向けられる感情であるのかもしれない。

だが元宮内庁職員の小内誠一さんは次のようにも主張する。

「昭和天皇は川嶋家に不信感を持っておいでだったと思います。側近中の側近だった小林忍侍従の日記には昭和天皇を代弁するような言葉がいくつも残されています」(小内誠一さん)

例えばそれは次のような連続した日記の一文だ。雅子さまを絶賛するのに対し、紀子さまには辛口だ。

平成5年6月9日(水曜日):

皇太子結婚式。(中略)妃殿下の洋装がよく似合った

平成5年6月22日(火曜日):

秋篠宮邸前を通ったが、門前の車庫前に同宮妃殿下がお子さんをつれ運転手とお話ししておられたので、おじぎをした。全く普段着のスラックスにTシャツという姿で、最初は妃殿下とは気づかないほどだった。

小林忍『昭和天皇 最後の侍従日記』文藝春秋、2019
海外王室から「すごい!」「どんぶりスタイル!」と大絶賛された紀子さまのお帽子。

全国の女性をズッコケさせた紀子さまのご発言

多くの国民がお二人の結婚について快く想っていない状況の中、秋篠宮殿下と紀子さまは結婚会見を行ったが、記者の中には意図的に悪意を持った質問を投げかける者もいたようだ。

実は、かの有名な「紀子さんは礼宮さまが初恋の人なのですか?」という質問を投げかけたのも、そんな悪意を持った記者のうちの一人であったという。

「当時から、皇室について詳しく取材している記者の多くが紀子さまには秋篠宮殿下と交際を開始する以前に恋人がいたことを知っていました。ですから、この質問をした記者は、あえてこのような質問をすることで、お二人を困らせようと考えていたのでしょう」(前出の社会部記者)

しかし、こうした意地の悪い記者よりも紀子さまの方が一枚上手だったようだ。秋篠宮殿下の方を向いた紀子さんは、「申し上げてよろしいのでしょうか…」と、同意を求めた後に、事もなげにこう言われた。

「はい、そうでございます」

この一言を聞いて、日本中の女性たちが「そんなワケあるかい!?」と思わずズッコケたことだろう。質問を発した記者はあっけにとられていたかもしれないが、同時に、紀子さまが全国の皇室記者やおじさま方からの期待に寸分違わず応えた瞬間でもあった。

今から思えば、この記者とのやり取りは、その後、皇室に入られ一部で「過剰適応」とまで揶揄されることなる紀子さまの将来を暗示する一幕であったともいえる。その後も、首尾よく男子を出産され、皇室内での期待に見事に応えられることとなる。

良かれ悪しかれ、こうした紀子さまの性質が、現在の皇室の在り方に大きな影響を及ぼしてことは間違いない。

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