美智子さま“失言”が物議「愛子がイジメられるのは“自然の理”」 雅子さま涙した暴言と、嫁姑の溝



文/佐藤公子

雅子さま、愛子さまバッシングの続いた平成時代

11月8日に控えた“立皇嗣の礼”。いよいよ即位礼に関する国事行為のすべてが無事終わることになる。ほっと胸をなでおろす人も多いことだろう。

昨年5月、上皇陛下の退位に伴い、即位された天皇陛下と、皇后陛下となられた雅子さま。現在も適応障害を患われており、代替わり前には体調面の不安などが囁かれたものの、皇后陛下となられて以降は、即位関連儀式を見事にこなされ、さらにトランプ大統領を始めとした海外の要人らと次々に会談をこなされるなど、見事な活躍を見せられた。

こうした場において雅子さまは、洗練されたマナーや、気品に満ちた立ち居振る舞い、通訳を介さず会話をされる外国語力、海外の要人らの心を一瞬で掴み魅了してやまないコミュニケーション能力など、あらゆる面で、まさに新しい時代の象徴に相応しい存在感を示された。とりわけ愛子さまを挟んでの美しき家族愛に、多くの国民が感動し、心癒された。まさに令和の象徴に相応しい存在感を放っていたと言えるだろう。

そんな雅子さまの活躍を、多くのメディアがこぞってその成果を称賛し、“雅子さまフィーバー”とでも呼ぶべき現象も見られた。

このように、令和の時代に入り、大変な注目と称賛を集められている雅子さまであるが、こういった称賛や尊敬の眼差しが以前から常に向けられていたわけではなかった。代替わりする以前の平成の時代には、皇太子ご一家(現在の天皇ご一家)には常に冷たい批判的な目線が投げかけられていたのだ。

雅子さまは、適応障害となられて以降、公務に臨む回数を抑制しなければならない日々が続いた。このことは、非常に積極的に公務に取り組まれていた紀子さまなどとも比較され批判されることも多かった。

当時は、世間でも宮内庁においても、「心の病」に対する理解が不十分だったこともあり、雅子さまが公務をお休みされることに関して、「甘えだ」「さぼっている」などといった、問題に対する無理解に基づいた心無い批判も数多くなされていたのだ。

自愛の人として名を馳せた美智子さま。慈愛の人と名を馳せた雅子さま。皇后の「華麗なる伝統」は次世代に受け継がれる。

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世間に衝撃を与えた愛子さまイジメ事件

こうした東宮家バッシングが続けられた平成時代の皇室関連報道において、特に世間を騒がせたのが、「愛子さまイジメ事件」である。とはいっても、この事件においてマスコミは、学校でイジメの被害に遭われた愛子さまに同情するのではなく、むしろ逆に「イジメっ子に対する対応がやり過ぎである」として東宮家をバッシングしたのである。

愛子さまが実際に被害に遭われたイジメの仔細については、メディアの発表から間接的に知りえるのみだ。雑誌『女性自身』では、保護者の話としてこう書かれている。次のように書かれている。

「愛子さまがお帰りになる際に、その男子児童たちとぶつかってしまったそうです。1人の足にひっかかったと聞いています。彼らは『痛えよ!お前』と叫んで悪態をつき、愛子さまの足を蹴ったそうです。そのショックのあまりに、愛子さまは泣いてしまわれたとか……」

『女性自身』(2010年3月23日号)

この話は他誌も報じているのだが、例えば『女性セブン』(2010年3月25日号)では、足を蹴ったのでなく「足を蹴る真似をした」と書かれており、『週刊新潮』(2010年3月18日号)は昨年七月に起きたことだとして「足で蹴るしぐさをしてみせた」と書いているなど、媒体により内容の細部がそれぞれ微妙に異なっている。

しかし、こうした週刊誌メディアが問題としたのは、イジメの具体的な内容ではなく、それに対する東宮家の対応であった。

『週刊新潮』(平成22年6月10日号)は、「イジメっ子対策で“給食に向精神薬を混ぜては”と提案した“東宮”」と題する記事を掲載し、東宮家が学習院に対し、イジメっ子に対する対策として、給食に向精神薬を混ぜるよう提案したと報じ、東宮家の対応を批判した。

また、愛子さまが安心して学校に登校できるようにと、雅子さまが愛子さまの登校に連れ添われる期間もあったが、このことに関しても複数の週刊誌が、「他の児童らに強いプレッシャーを与える」と苦言を呈した。

美しい親子愛を紡がれる雅子さまと愛子さま。

問題を複雑化させた二つの要因

この愛子さまの通われたクラスのイジメ問題は、ある二つのことが原因で複雑化し長期化することとなったという。

「一つは、イジメっ子グループの主犯格の少年Bくんの家庭が紀子さまの実家の川嶋家とも親しい関係だったこともあり、学校ぐるみで、Bくんの問題を隠蔽していたことです。

それから、もう一つは、天皇皇后両陛下(現在の上皇ご夫妻)が東宮大夫に対して『学校や他の児童の関わることでもあり、いずれかが犠牲になることのないように。喧嘩両成敗という言葉を念頭に。いじめの原因は雅子さんにあるかもしれませんし』と伝え、むしろイジメを受けた愛子さまではなくイジメた側を庇われ、彼らのプラバシーなどを守ることにも慎重に配慮するよう指示されたことです。

週刊誌の一部が相手男児を『紀子さまご実家の関係者』と特定するような記事を出したこともあり、こうした配慮は美智子さまの屋しいご配慮でしょう。とはいえ、やはり、こうした両陛下の配慮により、積極的な解決策に乗り出しにくくなった、という面もあったようです」(全国紙社会部記者)

こういった指示は、両陛下から出されたとされているが、実際には主に美智子さまのお考えが強く反映されていたようだ。

「美智子さまは、イジメっ子の加害者の人権やプライバシーを非常に尊重され、そのために多少問題が長期化してもやむを得ない、というお考えであったようです。また、お茶会の場でご友人らには『愛子に問題があるならば、愛子をイジメるのは自然の理でしょう。悪いこととは言い切れません』との暴言ともとれるの失言までありました。

こういった配慮は、まさに『子供たちの心を傷つけることのないように』という深いご配慮と思いやりに満ちた慈愛の心から出たものであると思います。ですがこの問題が明るみになった時点では、子供たちだけで問題を解決することは困難なほどに事態は深刻化しており、こうした配慮はむしろ、問題を複雑化し長期化させるという結果となってしまったようです。

美智子さまのお言葉を間接的に聞いた雅子さまは、毎晩のように愛子さまのことを心配され、涙されていたと聞き及んでいます」(宮内庁関係者)

この問題は、その後も深刻化していき、一時は愛子さまを転校させるという計画まで持ち上がったようだが、雅子さまが登校に付き添われることで、愛子さまも安心して学校に通うことが出来るようになり、そのうち事態も改善されていった。

全ての生徒が傷付かないようにするという、慈愛の心から出た美智子さまのご配慮も重要ではあったことは間違いない。とはいえ、この時の問題の解決においては、何をおいても愛する愛子さまのためを想って行動された雅子さまの深い親子愛こそが問題を解決に導いていったようだ。

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