雅子さまは創価学会だった? 皇室と宗教の関係を徹底調査!



文/宮本タケロウ

皇室と宗教の“密”なカンケイ

11月8日に“立皇嗣の礼”が無事に挙行されました。まだまだいくつか参拝などが残されていますが、ようやく御代替わりに伴う国事行為はすべて終わったことになります。ほっと胸をなでおろし、令和の御代を素直に喜べる日が来ました。今回は、皇室と宗教の問題について考察していきたいと思います。

皇室と宗教の問題は、少なくとも明治時代以降、天皇が神道の国家祭祀を執り行う祭祀王の立場にあることから、時にセンシティブな問題を誘発させることがあります。

例えば、常陸宮さまが若い頃に美智子さまを念頭に「お姉さまとキリスト教の話が出来て楽しい」と仰って、美智子さまが皇室でカトリックを広めているのでははないかと問題視されたこともあります。

特に戦時中に国家神道の強制によって、キリスト教の弾圧事件(ホーリネス弾圧事件)やキリスト教徒の神社参拝拒否事件(上智大生靖国神社参拝拒否事件)などが起こりました。

このように、主に国家神道とキリスト教の相克の形で問題があらわになることが多い皇室と宗教の関係ですが、特に戦後、キリスト教以外にも様々な新宗教と皇室が関わってきていることはあまり知られていません。

今回は、皇室と新宗教の“密”な関係にスポットを当ててみたいと思います。

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寛仁親王と崇教真光

2012年にお亡くなりになった三笠宮さまの長男・寛仁親王はざっくばらんな性格で知られた昭和の古き良き皇族ですが、その“ざっくばらんな性格”があだとなり、様々な新宗教と関係を持ちました。

手をかざして霊を浄める「お浄め/おきよめ」(「手かざし」とも)という独特な信仰を実践する崇教真光(すうきょうまひかり)という新宗教がありますが、この機関誌に寛仁親王が祝辞を載せています。

崇教真光が、立教五〇周年の佳き日を迎えられました事は、誠に嬉しく喜びに堪えません。私と崇教真光のお付き合いは、変わった形で始まりました。仙台に永年支援を続けている筋ジストロフィーの人々が設立した社会福祉法人がありますが、同じ支援者の中に真光の方がおられ、初めて、『お浄め』を受けた時、確かに身体に変化がありましたので、面白いと思って幾度かお付き合いする内に、佐々木堯章事務局長を紹介され、更に、岡田光央三代教え主を紹介される事になり、『お浄め』を月に一度位の割り合いでお願いするようになりました。

初代教え主の岡田光玉師が、私が最も憧れていた故秩父宮殿下(登山・スキー・ボートの名人でいらした)と陸軍士官学校の同期生というのも親近感が湧いた理由の一つでしょう。

『輝ける崇教真光五〇年史』(崇教真光編/L・H陽光出版)

皇族が新宗教の「手かざし」という行為を行うというのは興味深いです。

この頃、寛仁親王はオリエント学者でもある父親の三笠宮さまが関係する考古学の研究事業で、トルコに研究施設を設立する資金・寄付集めに奔走していました。

崇教真光に関わったことで、結果的に、崇教真光の信者から施設建設の沢山の寄付を得ることができたようです。

初めて総本山を訪問し、『考古学と福祉』という一風変わった講演をする機会を得ました。有難い事に、多くの個人賛同者も集まり、又本部からも多額の寄付を頂きました。研究所は明年七月十日に四棟全てが完成する予定です。

同上

人が良すぎる寛仁親王…

寛仁親王は、人が良いのか、ざっくばらんなのか、脇が甘いのか… おそらくそのすべてが原因だと思いますが、他にも新宗教と関係があり、週刊文春(1996年12月26日)に“念仏宗・無量壽寺”という仏教系の新宗教との関係をすっぱ抜かれています。

なんでもこの宗教団体のトップが理事を務める協会が主催した「全国盲人写真展」に寛仁親王や高松宮妃殿下が公務として招かれたのがきっかけだとか。

しかし、この団体には寛仁親王も迷惑をしていたようで、同週刊文春の記事にはこのように記されています。

写真展は無量壽寺が費用の全額を負担するからという申し出があり、計画されました。その際、寛仁親王殿下も協会も、売名行為のようなことはしない、障害者が主役なのだから派手なことはやらない、などという条件を付けました。しかし、行ってみるとオープンカーでパレードをしようとしたり、都ホテルを借り切ってパーティーをやったりだったので、殿下もご立腹なさいました。

殿下が協会の名誉会員を退かれたのはあの時のことが原因でもあります。

週刊文春(1996年12月26日)

高円宮さまはみすず学苑?

さて、そんな寛仁親王の弟、高円宮さま“ワールドメイト”という新宗教に関係していました。

ワールドメイトとは、奇抜な広告で知られる「みすず学苑」の学苑長を務める半田晴久/深見東州が教祖の宗教団体です。教祖の深見東州の前世は聖徳太子であり、神名はスメラアサヒで、神界のピラミッドの頂点に立つ日之出大神であり、国祖であり地球神霊界の神が憑依合体した存在である、とのことです。

みすず学苑の広告

このワールドメイトの事業の名誉顧問に高円宮さまが就いていたことがありました。

(名誉顧問:高円宮憲仁親王殿下)

三笠宮さまはキリスト教?

さて、両殿下のお父様は言わずと知れた昭和天皇末弟の三笠宮崇仁親王ですが、この三笠宮さまも、キリスト教なのに靖国神社に参拝することで知られる“キリストの幕屋”という新宗教に関係していたことが知られています。

(『わが師・手島郁郎 第二巻』)

海外旅行が自由にできなかった1960年代に“キリストの幕屋”の信者がイスラエルに渡航する際に、推薦状を書いたのが日本オリエント協会の会長を務めた三笠宮さまでした。

なぜ、三笠宮さまが一介の宗教団体に推薦状を書いたのかというと、“キリストの幕屋”の信者の女性が、1955年に三笠宮家の使用人として奉職していたことが理由だと言われています。

(キリストの幕屋機関誌『生命の光』1989年)

三笠宮さまと“キリストの幕屋”の関係は続き、教団の集まりで三笠宮さまのご専門である古代オリエントの宗教について講演もなさいました。

彬子女王は教派神道

さて、そんな三笠宮家の直系長子の彬子女王は教派神道連合会という、幕末・明治に成立した教派神道の連合組織の結成120周年記念式典にご参列されています。

(教派神道連合会でスピーチする彬子女王)

教派神道連合会には、出雲大社教、大本、御嶽教、黒住教、金光教、實行教、神習教、神道修成派、神道大教、神理教、扶桑教、禊教が加盟しています。

とりわけ、大本、黒住教、金光教なんかは普通いわゆる「新宗教」と呼ばれますね。大本(かつては「大本教」)は戦前は似非宗教としてカルト宗教扱いされて国家権力から弾圧も受けました

雅子さまは創価学会?

さて、「皇族と新宗教」と言うテーマでは、お待ちかねの創価学会天皇陛下&雅子さまです。

私は一切信じていませんが、雅子さま創価学会員説はネット上で根強くあり、聖教新聞に皇太子時代の天皇陛下が「創価学会のイベントに皇太子が出席している」感で登場したこともありました。

それは、2008年にブラジルで行われた「日本人移住100年祭」でのことです。式典の来賓が立つ壇上に皇太子さまに加えて池田大作氏の息子が列席し、さらに創価学会の青年部がイベントで出し物をしたことから「創価学会のイベントに皇太子が出席した」と言われましたが、今ではこれは式典の実行委員に創価の人がいただけであって創価学会のイベントではないこと、日系ブラジル人に創価学会員が多いから、単純に、池田大作氏の息子が来賓として呼ばれただけであったことが判明しています。

「天皇陛下と雅子さまが創価学会だ」というのは単なるデマですが、なんと貞明皇后と秩父宮両殿下が創価学会の親組織であった日蓮正宗に帰依していたという情報もあります。

なんでも、『人間革命』にも登場する創価学会四代会長の北条浩氏(公明党の参議院議員)の親戚が秩父宮妃・勢津子さまの母親・松平信子(戦後に東宮御教育参与)と学習院のご学友だったよしみで、まず、松平信子さんに布教し、その後、勢津子さま→秩父宮さま→貞明皇后に日蓮正宗の信仰が伝わっていったそうです。

以上、皇室と宗教の関係を掘り下げてみました。

皇室も宗教界も、どちらも権威が必要な世界ですが、皇室は日本の象徴として、国家として最高の権威をもつ存在です。

くれぐれも密になりすぎないように、気を付けて頂きたいものですね。

美智子さま「どうして私は“立皇嗣の礼”に呼ばれないの?」の叫びに、紀子さま「老後の世話は長男嫁に任せた」の優しさ