海外ジャーナリストが報じた「秋篠宮家の裏」 バンコク夜遊び、川嶋教授の御所乗り込みは事実なのか?



文/佐藤公子

皇室報道の古今

8月15日の終戦記念日を迎えた。天皇皇后両陛下は、戦没者慰霊追悼式にご臨席され、久方ぶりの公務での外出となった。コロナ禍の真っただ中にあるとはいえ、終戦記念日の式典を中止・延期させることはさすがに不可能だ。それだけ皇室と慰霊の結びつきは深い。正午のアラームと共に、両陛下と参列者は1分間の黙祷を続け、照り付ける夏の暑さを忘れさせるような厳かな時間が流れた。この時ばかりは日本国民が一つになり過去に思いを致した。

この戦没者慰霊追悼式は、今年最後の雅子さまの「お出まし」になる可能性が高い。感染拡大防止の観点からすれば致し方のないことだろう。国民に寄り添う皇室であるからこそ、いまはじっと我慢する必要があるのだ。

この自粛ムードのなか、意外にも気を揉んでいるのは秋篠宮家であるという。

「4月19日に予定されていた“立皇嗣の礼”が延期のまま挙行の目途が立ってないことに、秋篠宮殿下も紀子さまも“いらだち”のようなものを覚えています。また内部情報の漏洩に気を付けていらっしゃいまして、コロナ禍を口実に率先してリモートワークを導入され、職員の締め出しを強化しています」(秋篠宮家関係者)

現在の皇嗣職は60名ほどだが、その大半が自宅勤務を命じられ、宮家への出入りは必要最低限にとどめられているという。一部の職員からは「ようやくゆっくりできる」「解放された」と喜びと安堵の声が相次いで聞かれた。だが毎週・毎日のようにメディアには秋篠宮家の内情が暴露され続けている。秋篠宮ご夫妻のセキュリティ強化は徒労なようだ。

「週刊誌を読まれた紀子さまは宮内庁に掛け合い、宮内庁と宮内記者クラブとの間により強力な“報道協定”を結ぶように提案しています。もっとも週刊誌やネットメディアは宮内記者クラブに属していませんので、徒労に終わると思いますが…」(同前、秋篠宮家関係者)

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皇室報道の制限

時として情報統制が聞いている日本国内よりも、海外からのほうが冷静に制限なく皇室を報道できる場合がある。例えば天皇陛下と雅子さまの婚姻内定の第一報は、国内紙ではなく1993年1月6日の米ワシントン・ポスト紙だ。宮内庁と国内大手メディアが「報道協定」を結んでいたため、国内紙がこれを報じる子ことができなかったのだ。また悠仁さまについては「罰則付き報道制限」が宮内庁と宮内記者クラブの間で交わされていることも有名な話だ。

そんな注目すべき海外における「皇室報道」であるが、今回紹介したいのは問題書『プリンセス・マサコ——菊の玉座の囚われ人』に記された「秋篠宮家評価」だ。この『プリンセス・マサコ』は書名にあるように宮中で苦労される雅子さまを取り上げ、話題となった。事実誤認もかなりあるため宮内庁と外務省からの抗議に遭い、講談社は出版を辞退、その後、第三書館から出版された。

「間違いが多くあることは事実ですが、本の内容は雅子さまに同情的です。宮内庁や外務省が抗議した理由は、むしろ美智子さまや秋篠宮家に関する記述に『問題あり』と判断したからです」(宮内庁職員)

確かに今になって読み直すと、この『プリンセス・マサコ』は、むしろ美智子さまや秋篠宮家に対して手厳しい。となれば本書の検閲を指示したのが誰であるのか察しがつくだろう。今回はこの『プリンセス・マサコ』を通じ、海外の冷静な目がどのように秋篠宮ご夫妻を評価したのかを見ていきたい。

秋篠宮殿下=手の早いやつ、川嶋家の怒鳴り込み

なにより驚くべきは、海外にも秋篠宮殿下の「バンコク夜遊び」や「川嶋辰彦教授の御所怒鳴り込み事件」が知れ渡っていることだ。

儀典では、長子が先に結婚することになっている。だがこれは結婚を遅らせている皇太子だけが悪いわけではなかった。秋篠宮が東京のナイトクラブを飲み歩いたり、バンコクの歓楽街で遊んでいることが街の噂になり始めていたのである。エドワード・クライン記者によれば、秋篠宮は「手の早いやつ」というあだ名をつけられていたのだという。

同志社大学のジャーナリズムの教授で長年天皇制を批判してきた浅野健一は、親王が情事を持った女性のうち二人を知っていると言う。そのうちの一人は個人的な友人の娘だというのだ。川嶋家も娘への責任を取るように要求していた。そこで、皇室の評判に永久的な傷がつく前に、秋篠宮の野放しの活動を打ち切ることが決定されたのである。

ベン・ヒルズ『プリンセス・マサコ——菊の玉座の囚われ人』第三書館

エドワード・D・クライン(Edward D. Klein)記者は『ニューヨーク・タイムス・マガジン』元編集長で、日本の皇室事情に詳しい第一人者だ。かつて平成皇室についてクライン記者は「いまの日本女性がそうであるように、天皇家もまた妻の意見を聞かなければ動かないようになっている」と美智子さまの“大活躍ぶり”を的確に指摘している(保坂正康『皇后四代』)。そのクライン記者が秋篠宮殿下を「手の早いやつ」と呼んだことは、海外での評判を如実に物語っていよう。さすが凛々しく立派な秋篠宮殿下だ。

ジャーナリストの野田峯雄さんも「筆者もずいぶん早い時点でバンコクや東京における秋篠宮の行状を聞いていた。つまりこれは知る人ぞ知る話だった。噂があちらこちらに流れていたことはまさに事実である」と述べている(『プリンセス・マサコの真実——「検閲」された雅子妃情報』第三書館)。

さらに秋篠宮殿下の「手の早さ」に怒った川嶋家が御所に怒鳴り込んだ事件まで…。この紀子さま父・川嶋辰彦教授(学習院大学)が秋篠宮殿下の女性問題を問い質すため御所に乗り込んだ事件は、『週刊新潮』1996年6月20日号に掲載されたまま緘口令がひかれている。いわば海外メディアが「秋篠宮殿下=手が早い→川嶋辰彦教授の抗議」までを追認したことになる。海外の皇室報道の正確さと迅速さには驚かされる。

秋篠宮殿下は国民と政府からどう思われているのか?

また『プリンセス・マサコ』の著者ベン・ヒルズは、2006年の段階では秋篠宮殿下が「不人気」であることを的確に指摘している。このころの国内メディアは秋篠宮家賛美一色で、東宮家には非常に批判的であった。おそらくベン・ヒルズは「秋篠宮家賛美はメディア上だけ、国民は本質を見抜いている」と判断したのだろう。はたして令和となった今、その予想が事実だったと見事に証明した。

この「解決策」の問題点は、そうなると弟の秋篠宮が皇位継承者となり、体制派にも一般国民にも人気のない天皇となるのではないかということである。

どちらも(国民も政府も)秋篠宮を道徳的権威がなく、天皇として期待される責務への献身が欠けているとみなしているからだ。バンコクで遊びまわっていたことについては「火のないところに煙が立った」と言って好きなように否定すればいい。

ベン・ヒルズ『プリンセス・マサコ——菊の玉座の囚われ人』第三書館

秋篠宮殿下のバンコク夜遊びは「火のない所に煙が立った」のだろうか? 元宮内庁職員の小内誠一さんは次のように述べる。

「秋篠宮殿下の夜遊びは宮内庁内でも問題になりました。殿下は宮内庁や両陛下に『タイで少し遊んだだけなのに、なんでこんな騒ぐんだ! やましいところは何もない! 寛仁殿下のほうがよっぽどだろう!』と説明されたと聞き及んでいます。なので、遊んだのは事実ですが、やましいことは何もしていないとお考えのようです。もちろん真相は当事者にしかわかりませんが、殿下の言葉を信じたいと思います」(小内誠一さん)

国民から愛される秋篠宮家が復活する日はいつになるのだろうか?

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