秋篠宮さま、被災者への“失言”が物議 「殿下の言葉を忘れたい…」の声



文/伊藤友香子

天皇陛下のご研究

8月20日、天皇陛下と雅子さまは初めてのオンラインでの活動として、お住まいの赤坂御所で「新型コロナウイルス感染症大流行下の水防災に関する国際オンライン会議」を聴講された。

「学習院大学で日本中世の水道交通史を専攻された陛下は、昭和58年から60年までイギリスのオックスフォード大学・マートンコレッジで17~18世紀のテムズ川水運史を学ばれるなど、ご研究の幅を広げられました。

その後の世界各国への訪問を通じて、世界の水問題に向き合い続けてきたのです」(宮内庁関係者)

平成15年に琵琶湖・淀川流域で開催された「第三回世界水フォーラム」で、名誉総裁を務めたことについて、陛下は「世界の水をめぐるさまざまな問題に目を開く大きなきっかけになった」と語られる。それ以降も大きな国際会議で“歴史”への知見をフルに活かし、ブラジルやメキシコ、スペイン、トルコなど、各国での講演活動を続けられている。

第8回世界水フォーラムでの基調講演(ブラジル)

今回の国際会議で司会進行役を務めた廣木謙三・政策研究大学院大学教授はこう話す。

「国際会議の参加者は、各国の水問題の技術者や行政マンが多く、今の問題には詳しいが歴史の専門家ではない。

陛下は現場で見聞きされたことに加え、歴史家として過去の事例に学ぶ『温故知新』の姿勢で講演されるので、海外の専門家が聞いても新鮮で、説得力がある」

『AERA』2019年5月13日号

「殿下の言葉を忘れたい…」

さて、陛下の水問題へのお取り組みは私的なご研究となっているが、豊富な知見は、水害に苦しむ人々への深い寄り添いの姿勢に表れている。2011年3月11日、日本を襲った「東日本大震災」以降、陛下と雅子さまの被災地訪問や避難者のお見舞いは計10回を超え、被災した人々の苦しみに寄り添い、復興を祈られてきた。

当時、避難していた先の味の素スタジアム(東京都)に身を寄せていた田邊節子さん(68歳)はこう話す。

「両陛下からは、『お体はどうですか?』ととても優しくおことばをかけてくださいました。また、陛下から『困っていることや不足している物資など、遠慮なくいってください』とのお言葉をいただいて、避難所生活の中で役に立つ知識を色々と教えて下さいました。

雅子さまは目にほんのり涙を浮かべておられて、なんというか両陛下とも、旧知の友人を労うような親しみも感じたし、あぁ本当に心が温かいご夫妻なんだ…と実感いたしました」(田邊さん)

一方、秋篠宮ご夫妻も被災地には熱心に足を運ばれてきた。昨年9月24日には岩手県釜石市、大船渡市を訪問され、復興状況のご視察や東日本大震災慰霊碑ご供花、地元住民との懇談の機会を持たれた。

ただ、当時のご発言を巡ってはネット上で少々物議を醸した経緯がある。釜石市の「津波高モニュメント」、「市防災市民憲章碑」を見学されたときのことだ。

「その際、秋篠宮殿下は“海からはどれくらいですか?”と質問し、“一度逃げたら戻らないということが大切ですね”との感想を述べられました。このご発言には『配慮に欠ける』との苦情が相次ぎ、殿下もその後、ご自身の発言を大変反省なさっておられました」(宮内庁関係者)

また、某県避難所を訪れ、被災者を見舞われた際には、こんな事もあったようだ。匿名を約束した上で、被災者の一人(Aさんとする)はこう話す。

「両殿下からは、『ご家族の状況はどうですか?』と聞かれました。我が家では自宅に取り残された祖母を助けるために、一度高台に非難した後父が家に戻って、帰らぬ人になりました。それをお伝えすると、『なんで戻ってしまったんでしょうね』と…。

きっと、私達の悲しみに深く寄り添ってくださろうとそうおっしゃったのだろうと思います。ですが、家族を2人亡くしたばかりの私にとって、今でも忘れられない言葉になっているのは事実です。忘れたいですけどね…」(Aさん)

皇嗣として成長を!

殿下はしばしば、直情的なお方だと指摘されることがある。娘の佳子さまは2014年12月29日、20歳の誕生日を迎えるにあたり行った記者会見の場でご自身の短所を問われ「父と同じで、導火線が短いところ」とお答えになっている。

元宮内庁職員で、現在は皇室ジャーナリストとして活動する小内誠一氏はこの件に以下のように所感を述べる。

「しばしば、理性的で様々な事に思慮深い陛下と比較して、秋篠宮殿下は“感情的”などと言われてきました。『秋篠宮さま』(江森敬治、1998)の中でも、“自分の気持ちを素直に表現した宮さまの行動が誤解を与えかねない”との懸念が記されています。

やはり、皇嗣となったからには、陛下に倣い細やかな発言にも注意を払っていくべきでしょう。殿下が今後、敬愛を集める素晴らしい皇嗣になられることを祈っています」(小内誠一氏)