皇族が「性風俗」に通ったらどうなるのか? 眞子さま“結婚への意志”が尊重されるべきでない、これだけの理由


文/宮本タケロウ

ベテラン皇室ジャーナリストの「モヤモヤ感」

眞子さまが11月13日に「結婚は生きていくために必要な選択」と“破談になったら死にます宣言”をして、20日に収録された秋篠宮殿下の誕生日会見では、とうとう「二人の結婚を認める」のお言葉が出ました。

識者などのあいだでは憲法には「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」と書いてあるから、これを尊重しようという動きがあります。ですが、宮内庁には電話が殺到、その大半は「結婚には反対です」とのこと(週刊新潮2020年12月10日号)。

日本国民の皇室への尊崇の念は極めて高い。国民は眞子さまのことを心から愛している——だからこそ自分の娘のように心配になってしまい、結婚に賛同できない、そういう構造ではないでしょか。眞子さまの一件は、皇族がたが自己決定権を持つべきかどうかという大きなテーマを我々に示したといえます。今回はそんな、皇室の「自己決定権」について考えていきたいと思います。

昨年5月20日号『AERA』(朝日新聞出版)にて穏健派皇室ジャーナリスト(近重幸哉、山下晋司、久能靖)の鼎談があり、皇位継承について、「制度の議論をする前に天皇家のお考えを尊重するべきでは」というテーマについての会話がありました。

山下晋司氏は、皇位継承の問題について「私はずっとモヤモヤを感じてきた」として、こう言います。

天皇家の根幹にかかわることなのにその家の人の意見を聞かず、国の組織で決めて、国民はすっきりするのか

今の天皇陛下が女性天皇、女系の天皇を望んでおられるのか、それとも男系維持と考えておられるのか、私もわかりません。天皇家の人たちが考えることを我々は尊重するべきでは

『AERA』2019年5月20日号

確かに、皇室典範は皇室の家法ですので、それに天皇陛下をはじめ皇族方が何も言えないというのは人権侵害といえばその通りです。

現状、国民という皇統の部外者が色々と議論していますが、「跡継ぎを誰にするか」はその家の人が決めればいい話であって、第三者がそれに口を挟むことは「不敬」という以前に「無関係」と言えるでしょう。

運命の婚約内定記者会見。眞子さまの美しい笑顔が印象的だ。

皇族の人権が制限された戦後

明治期に制定された旧皇室典範は、その内容の変更について「皇族会議」という成年皇族が全員参加で議論する当事者会議の諮詢を経ることとなっていましたが、戦後は「皇族会議」が議員総数10人中皇族2人だけの「皇室会議」に代わり、皇室典範も政府で立案し、国会で決めるただの法律になりました。

この点を見ると、むしろ戦後になって皇族の人権(自己決定権)が制限されたと言えます。

小林よしのり氏の主張

皇族の自己決定権について、漫画家の小林よしのり氏はこう述べていました。

天皇陛下は果たして「男系絶対主義」なのか、それとも「女系」も認めようと考えておられるのか?本来、最も重視しなければならないのは陛下のご意思だ!(中略)わしの意図は、天皇陛下、皇太子、秋篠宮両殿下に、自由な(心理的)決定権を与えることである!

小林よしのり『新天皇論』第13章 陛下のご真意を無視できるか?

小林氏は天皇陛下(当時)を好きになりすぎて、天皇は女系容認主義で愛子様に天皇を継いでほしいと考えていると思い込み、「女系容認」ならぬ女系公認」を主張する「新天皇論」を書きました。

2009年に出された男系維持の「天皇論」は保守論壇から大絶賛されベストセラーになりましたが、女系公認に転換した次作の「新天皇論」は保守論壇から総スカンを食らい、売れ行きは今一つ。

それがショックで小林氏はAKBの追っかけ活動に走ったのだと一部では言われており、今では「皇族・小室圭殿下の誕生」を唱え、国民から総スカンを食らっているのは本サイトでもお伝えした通りです。

ともあれ、小林氏が「皇族が自由な意見を言えるよう環境を整備せよ」と主張した点は評価できます。おそらく、自分たちの跡継ぎのことについて意見が言えないという現状は、今後、保守側からではなく、主にリベラル側から改善が求められるでしょう(天皇家・上皇家・秋篠宮家はいずれもリベラルな考えを持っている)。

皇族は酒、タバコ、ソープランド、そして愛人に大賛成!?

さて、皇族でもまれなケースですが、非公式に皇統について自己主張した方がいらっしゃいます。未成年で酒とタバコを始め、ソープランドに行ったことも公言して憚らないヒゲの殿下、三笠宮の寛仁親王です。

寛仁親王

  

2005年に小泉政権下で女系容認の機運が高まった時に、殿下は私的発言と断った上で男系維持を訴えました。(以下、寛仁親王他『皇室と日本人』明成社、2006年3月より抜粋)

  • 臣籍降下された元皇族の皇籍復帰
  • 現在の女性皇族に養子を元皇族から取る事が出来る様に定め、その方に皇位継承権を与える。
  • 元皇族に廃絶になった宮家の祭祀を継承して戴き再興する。
  • 昔のように、「側室」を置くという手もあります。私は大賛成ですが、国内外共に今の世相からは少々難しいかと思います。

「側室に私は大賛成」とは、晩年に信子妃殿下(麻生太郎の妹)と別居状態だった殿下らしい発言です(笑)。

ともあれ、こうした発言も無視され、政府は女系容認に動いていたのですが、2006年の悠仁さまご誕生で議論が止まり、今に至るという状況です。

皇族は女性天皇に大賛成!?

ちなみに、寛仁親王のお父様、歴史学者の三笠宮崇仁親王(昭和天皇の弟)は少なくとも女性天皇には賛成していました(晩年は「女系」には反対されます)。

1946年に三笠宮殿下が政府に提出した意見書にはこうあります。

今後男女共学の教育を受けた女子皇族が母となつて教育された女子皇族の時代になれば女子皇族の個性も男子皇族とだんだん接近して来るであろうからその時代になれば今一応女帝の問題も再研討せられて然るべきかと考へられる。

三笠宮「新憲法と皇室典範改正法案要綱(案)」日本経済新聞電子版より
素晴らしい品格をお持ちの愛子さま。上品な笑顔が印象的だ。女性天皇の第一候補であり、国民からの期待は高い。

皇族の意見と政府の対応

結局、意見書は政府から等閑に付されされ、男系男子を貫く現行の典範が制定されました。「伝統を守れ(息子)」にせよ「改革せよ(父親)」にせよ、親子そろって取り付く島のない状態でした。

憲法に従えば(天皇を除く)皇族が政治に関わらないことが徹底されているわけなので、三笠宮親子の発信は健全と言えます。聞き入れられるかどうかは別にして、旧典範下では皇族の意見が公的に意見書として政府に提出できていたことは特筆事項でしょう。

自分たちの存在そのものにかかわる話ですから、口出ししたくなるのも当然です。(※三笠宮の意見書の法的性格は後程詳しく調べます)

「天皇陛下のご意志にひれ伏せ!」が実はリベラル?

従来、「天皇陛下や皇族方の意見を聞け!」という主張は、リベラルからも保守からも出てきません。保守派からすれば、リベラル的な天皇家・上皇家・秋篠宮家に発言権を許せば、速やかに女性天皇・女系天皇が成立する可能性があるからです。

ですが、自然人の自己決定権を尊重するリベラル的な視点に立てば、仮に天皇陛下が、「愛子じゃなくて、旧宮家の誰かに養子に入ってもらい、将来、秋篠宮と悠仁を支えてほしい」とお思いだとしたら、それを尊重するべきでしょうし、「いや、やはり愛子で…」とお考えなら尊重したいと思うのは国民の総意に違いありません。

それは一歩間違えれば戦前のように「天皇の意志にひれ伏せ」となってしまいますが、そもそも天皇は国家元首ではありませんし、法的根拠がないまま上皇陛下の退位が決まった経緯(退位に賛成したのはリベラルで、反対したのは保守です)や靖国親拝に関する「富田メモ」の言論界での扱いを考えますと、皇室の自由意志を求めるのは保守よりリベラルでしょう。

筆者は「皇位継承に関して皇室の意見を聞け」という議論が今後、主にリベラル側から盛んになると予想しています。

天皇陛下は歴史学者

日本の歴史において、何を残し、何を変えるかを、ご自身の生身の人生とともにお考えなのは天皇陛下や皇族方ですし、ましてや天皇陛下は歴史学者です。

天皇という位は、いわば三種の神器という「家宝」とともに、皇族という一族の中で相続されてきたものですので、皇位継承を一種の家産相続として捉えると、国民が云々するよりも、まずご本人たちの意見を伺うのが適切ではないでしょうか。

威厳漲る天皇陛下の尊いお姿。そも素晴らしい人格は海外からも評価が高い。

 

皇族方の自己決定権の尊重を!

「ご聖断」を仰がなくては物事を決められないのは日本人の未熟さかもしれませんが、こうした問題は、先に述べた通り、そもそも戦前では皇族方で議論できた事柄です。

女系容認にしても男系維持にしても、建設的な議論ではなく、イデオロギーが先行しがちです。皇位継承の制度設計を政争の具にするよりも、「皇室会議」に代わる「皇族会議」を設立して、まずは皇族方の自己決定権を担保するのが先決であり、時代の要請に合うものではないでしょうか。

それは、無駄な論争を避けられ、政治的にも、また法的にも簡単に事が進められる唯一の良策ではないかと筆者は考えます。

ですが自己決定権を尊重するからには、そのぶん社会的責任を負わなければならないのは当然です。眞子さまが小室圭さんとの結婚するという意志を貫くのは結構ですが、内親王という立場にみあった社会的責任を果たさない限り、国民の理解と祝福は遠のくばかりでしょう。

つまり、眞子さまは社会的責任を果たしていない以上、結婚という「自己決定権」を自ら行使することは自然人として控えるべきことです。

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