「雅子さんは30点」美智子さまの“辛口通信簿” 紀子さま「衣装を真似されてばかりで…」と同調



文/佐藤公子

歴史に埋もれる昭和天皇の日記

令和になってから1年以上が経っている。御代替わりの最後を締めくくる“立皇嗣の礼”が4月19日から延期のままになっており、また平成のあいだに解決できなかった眞子さま結婚問題が燻ってはいるが、すでに平成は過去に。昭和に至っては遠い過去に感じられる人も多いかもしれない。

戦後、焦土から奇蹟ともいえる復活を遂げた昭和。そんな激動の時代を生き抜いた昭和天皇も歴史上の人物になろうとしているのかもしれない。あの荘厳で優しさに満ちた声を懐かしむ人も多いのではないだろうか?

ところで和天皇の肉声を記録した資料は殆どない。戦前・戦中の出来事に関して1946年(昭和21年)に昭和天皇が、側近の寺崎英成(宮内省御用掛)に語った内容をまとめた「昭和天皇独白録」と呼ばれるものが、ほぼ唯一かもしれない。この「独白録」は、1990年に偶然にも発掘され、同年『文藝春秋』(1990年12月号)に掲載、その後、同社より出版されている。

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残る資料と破棄される資料

「独白録」は幸いにも発掘され刊行されたが、歴史の闇に埋もれたままの資料は大量にある。たとえば昭和天皇が「日記」をつけられていたという事実はあまり知られていないだろう。卜部亮吾侍従(1924-2002)は次のように記録している。

白川[祥子・皇太后宮]女官長から大正末期の先帝さんの日記が出てきたから見てほしいと保存すべきか
否か(1993年9月10日)

『卜部亮吾侍従日記』朝日新聞社

この日記はどうなったのか? 平成12年(2000)6月に良子皇太后が死去すると、卜部は北白川女官長に「例の「お日記」お忘れものとして副葬品にお入れいただくようお預けする」(6月24日)、「女官長副葬品に確かに入れたと」(7月22日)とある。どうやら日記の原本は武蔵陵墓地(東京都八王子市)にある良子皇太后の武蔵野東陵に埋葬されたようだ。

これ以外にも所在不明の「日記」があるようだ。昭和天皇に仕えた小林忍侍従は、次のように記録を残している。

お上はお机に向い、日記らしきものをおつけになっておられたので、復命を申しあげた。

小林忍『昭和天皇 最後の侍従日記』文藝春秋

美智子さま恐怖の「通信簿」

このように日の目を見ぬまま、文字通り埋蔵されている資料は、数多く存在する。さる皇室ジャーナリストは、次のように嘆く。

「こういった肉声を記録した第一級の資料の多くが死蔵された状態であることは残念なことです。平成になってからというのも、平和が続いているからでしょうか、皇室関係者から漏れ伝わるオクの声はゴシップばかりで…(皇室ジャーナリスト)

たしかに週刊誌や月刊誌などで取り上げられる皇室ネタといえば、ゴシップばかりで、皇位継承問題の議論などが取り上げられることは珍しい。平成という時代は、良くも悪くも皇室を大衆化させた。元宮内庁職員の小内誠一さんは次のように回顧する。

「平成は天皇皇后両陛下を含め、皇室全体が大衆化した時代だと思います。美智子さまが定期的に開かれていた“お茶会”での話題も、非常に世俗的なものが多かった。最も話題に取り上げられたのは雅子さまで、公務などがあるたびに美智子さまは『ん~~~服に皺が寄っているわね…今日の雅子さんは30点ね』などとファッションの通信簿をつけられていました。

同席されていた紀子さまも『同感でございます。加えて皇太子妃殿下には、いつも服を真似していただいて光栄です。あれこれ悩まなくてよいように、古着を東宮家に送った方がよろしいでしょうか?』などとエスプリを披露され、皆で楽し気に笑っておられました。当時のワイドショーなどで、皇室が取り上げられると決まってファッションチェックが入っていましたから、国民に寄り添われてそのようなご発言をされたのでしょう」(小内誠一さん)

お茶会でファッション議論が交わされるとが、平成流「国民に寄り添う皇室」の実像であるようだ。

ファッション被りは事実なのか?

ところで雅子さまと紀子さまのファッション被りは、平成時代に週刊誌で特集されたほどだ。熱心な皇室ファンが作ったリストにによれば、雅子さまと紀子さんの服装はよく似ている。

指摘される衣装被り

はたしてこれは問題なのか? 先の小内さんは次のように言う。

「皇室ファッションというのはバリエーションが少ないため、必然的に似てしまいます。この程度の一致は単なる偶然であり、似てしまうの必然です。気になる人は気になるのかもしれませんが、男の私からすると全く気になりません。そんなこと言いだしたらローブ・デコルテは全員ほぼ同じデザインです」(小内誠一さん)

華やかな皇室ファッションは、我々庶民を魅了する。コロナ禍が収束し、皇族の皆様の素敵なお姿を早く拝見したいものである。

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