なぜ美智子さまは「紀子さまの写真」を差し止めたのか “罰則付き報道規制”でクビになった記者の告白



文/佐藤公子

安倍首相辞任で動く紀子さま

安倍晋三総理大臣は28日午後、持病である潰瘍性大腸炎の悪化を理由に辞任を発表した。当日午前に菅官房長官が「総理の体調については、総理自ら『これからまた仕事を頑張りたい』とおっしゃっており、私が毎日お目にかかっておりますけど、お変わりはない様子だと思っています」と会見で記者団に語っていただけに、今回の辞任発表は青天の霹靂であった。この影響は政財界のみならず、皇室の未来にも大きな影響を与えることが予想される。

「安倍首相は男系男子派のドンとして知られます。政府与党は皇位継承者の安定的確保のために議論を続けていますが、安倍首相がトップにいる限り、国民の8割が賛同していたとしても女性天皇や女系天皇が実現されることはなかったでしょう。

ですが過日、河野太郎防衛相が女系天皇を容認する発言したように、自民党といえども男系派の一枚岩ではありません。こういった女性・女系天皇容認論者が首相になれば、愛子さまの即位も可能性がでてきます」(全国紙社会部記者)

また、ベテラン皇室ジャーナリストは次のように、皇族方の諍いを懸念する。

「安倍首相辞任の報は、秋篠宮家に衝撃をもって迎えられたようです。悠仁さまを立派な天皇に育て上げることに人生のすべてを捧げてきた紀子さまには、おそらく『安倍首相の在任中にすべて決着をつけたかった』という想いがこみあげていることでしょう。国民の8割が女性・女系天皇を容認していることは、紀子さまにとって気になるところでしょう。今後、メディア報道などについて、美智子さま直伝のテクニックを発動されるのではないでしょうか?」(ベテラン皇室ジャーナリスト)

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宮内庁は何故隠したがるのか?

紀子さまが発動する、美智子さまの「テクニック」とはなんであろうか?

「皇室報道は宮内庁と記者クラブとの間で“報道協定”というのが結ばれています。『宮内庁側から提供する写真や映像だけを使って欲しい』ですとか『こういった表現を用いないで欲しい』などと宮内庁が要請することはよくあります。こういった“報道協定”は、誘拐事件などの時にも結ばれますので珍しいものではありません。ですが、美智子さま関係と秋篠宮家関係で“報道協定”が結ばれることが非常に多いので…」(同前、ベテラン皇室ジャーナリスト)

有名な“報道協定”といえば、悠仁さまについて「罰則付き報道規制」がある。つまり、宮内庁と宮内庁記者クラブのあいだで「悠仁さまに関する報道には、宮内庁から提供された写真・映像のみを使う。もし違背行為があれば、今後、宮内庁は便宜供与をしない」という協定が交わされていたことだ。この「罰則付き報道規制」の存在は、上杉隆『ジャーナリズム崩壊』(幻冬舎)のなかではじめて明らかにされたものである。だが先の皇室ジャーナリストと同じく、元宮内庁職員の小内誠一さんも「これは氷山の一角」であるとして次のような具体例を挙げてくれた。

「悠仁さまの場合には“罰則”が明示されている点で特異ですが、これとよく似た報道協定はしょっちゅう交わされています。一番有名なのは、天皇陛下と雅子さまの成婚報道です。国内メディアは報道協定により一定期間、この話題を記事にできなかったため、第一報が海外の新聞(ワシントンポスト)となりました」(小内誠一さん)

さらに小内さんによれば、昭和天皇の下血や、宮内庁長官(湯浅利夫)の第三子希望発言にも報道協定があったという。では悠仁さまの「罰則付き報道規制」が適用されたことはあるのか?

「全社が協定を守ったため罰則が発動されたことはありません。2008年2月に悠仁さまが顔面に怪我を負われ縫合手術を受けられた際も報道協定が交わされ、悠仁さまが回復されるまで発表が自粛されました」(小内誠一さん)

紀子妃の右手と美智子妃

「報道協定」といえば聞こえが良いが、現実には「情報規制」に他ならない。ジャーナリストの上杉隆さんは「国民を欺く談合」と極めて強い口調でこれを批判する。先の小内さんも「大本営発表ばかりしているから、公式発表の信頼性がなくなってしまった」と嘆く。

今回はそんな小内さんが「奇妙な事件だった」と振り返る《紀子妃の右手》の真相を考察していきたい。この事件は1990年6月、秋篠宮殿下と紀子さまの成婚儀式の間に起きた。宮内庁の嘱託カメラマンだった中山俊明さん(共同通信写真部)が撮った一枚の写真が、宮内庁から差し止め要請を受けた。その写真とは次のもの。

紀子妃の右手(秋篠宮ご夫妻記念撮影、紀子妃やさしい心遣い)

紀子さまが秋篠宮殿下の髪を右手で整えているようにも、額を拭っているようにも見える。一見すると微笑ましい写真であるが、これが宮内庁から「掲載をやめてほしい」との要請があった。当時の緊急ファックスが残っている。次のような文面である。

「宮内庁総務課、芦澤係長から「秋篠宮ご夫妻記念撮影、紀子妃やさしい心遣い」の写真は、記念撮影ではないので取り消してほしい、との強い申し入れがありました。この件につき、各部長のご意見を至急お寄せ下さい」(1990年6月29日20:08)

だが、すでに輪転機が動いていたこと、そしてカメラマンだった中山俊明さんが頑強に粘ったことから、宮内庁による差し止め要請は不発に終わった。翌日の朝刊には(あの新聞赤旗でえさえ)「紀子妃の右手」写真を載せた。しかし頑固を貫いた代償も大きく、この写真を撮った中山俊明さんは「嘱託カメラマンから追放」されることになった。

識者たち好印象も、宮内庁「厳罰に処せ」

この「紀子妃の右手」写真について、識者たちは総じて好印象のコメントを発表している。一橋大学教授・南博さんは「私は最初、宮内庁が問題ありとした今回の秋篠宮の写真は、国民と皇室との心理的距離を縮めるため、宮内庁が意図的に流したものだと思っていたんです」と述べていたほどだ(週刊ポスト 1991年7月20日号)。坂坂本三十次官房長官も、7月9日午前の定例記者会見で「なかなかほほ笑ましい自然なスタイルだ。ほほ笑ましい写真は悪いことではなく(国民が皇室に対して〉親近感を感じるだろう」とコメントした。

また、評論家の吉武輝子さんは「宮内庁にはセンスのいいPRマンがいないようですね。せっかくほほ笑ましくて庶民的な皇室のイメージが出てきたのに」と述べている(東京タイムス 1991年7月20日号)。

だが宮内庁の意向に変化はなく、7月2日には宮内庁総務課長の前田健治さんが共同通信社を訪れ、カメラマンの中山俊明さんに“顛末書”を書かせることで事態の鎮静を図ろうとした。さらに宮内庁は「業務規程に従っていない」と主張し、そのため世間では「許可なしに掲載したカメラマン側に責任がある」という空気が醸成されていった。

さらにこれにとどめを刺したのは高円宮憲仁親王(1954-2002)による次の発言だ。

われわれが公共の場所に出たときは公共のルールに従わざるを得ないけれど、逆にカメラがこちら側に入り込んだときは、こちらのルールを守る。宮内庁に断りなく、頼まれた以外の種類の写真を発表したのはフェアではない。その意味で宮内庁の抗議は正しいと思います。

『週刊テーミス』1990年8月29日号

この高円宮発言に、問題の写真を撮影した中山俊明さんは「皇居宮般といえども国有財産であり、秋篠宮の結婚式は公費が支出される公式行事です。まぎれもなく公の場所の公の行事なんですから、はたして「こちら側」という認識は正しいのか」(週刊テーミス 1990年9月12日号)で反論した。だがメディアは「皇室に異議申し立てをするのはいかがなものか」という流れになり、結局、中山さんは共同通信社を辞職した。

紀子妃の右手の裏に、美智子さまの影

一人のカメラマンを追放にまで追いやった「紀子妃の右手」事件。いったいだれが何のために写真を隠そうとしたのか?

中山俊明さんは自著『紀子妃の右手——「お髪直し」写真事件』(情報センター出版局、1991)のなかで、クレームの元について「宮内庁内の旧守派が、皇室の威厳を保とうとして自粛要請を勝手にしたのだろう」と推測している。しかし元宮内庁職員の小内誠一さんは「宮内庁は省庁に過ぎず、皇族方の意向に反して自発的に何か行動を起こすことは珍しい」と断言する。さらにその上で、

「当時、秋篠宮殿下と紀子さまのお二人は『皇族としての威厳が全くない』と宮内庁内で散々の評判でした。秋篠宮殿下は庶民的な方なので、一般人の結婚式と変わらない映りになってしまうことを美智子さまは大変気にされていました。髪を触るという行為はマナー違反ですから、写真を検閲された美智子さまあたりが、差し止めを求めたのではないでしょう。さすがに新婚ホヤホヤの紀子さまが差し止め下とは考えいにくいです」(小内誠一さん)

たしかに「秋篠宮殿下と紀子さまの“佇まい”に全く威厳がない」と苦言が飛び交っていたことは、当時の日記から確認できる。小林忍侍従の日記には、極めて激しい口調で次のように記されている。

平成2年6月20日(土曜日)

この四方のお写真は、正式の記念写真として問題がある。秋篠宮殿下が両手を前で組んでいるのは論外。最高の正装をし極めて改まった写真であるべきところ、こんな姿勢では良識を疑われるというべきである。従来から殿下は両手を組むくせがおありのようで、そういう写真をよく見る。陛下の左手も甚だよくない。掌を大きく開いている。自然にのばすか、軽く握るかすべきであろう。これもくせらしく、竹の間における国賓との写真でもみかける。

いずれもこの場に立合ったに違いない側近(侍従か)の者が当然注意してお直し願うべきである。カメラマンはそこまで立入って申しあげることはできない。折にふれ報道される写真であるだけに、特に日頃からキリットしない動作の多い秋篠宮殿下にとって大きなマイナスである。立合った側近の責任重大である。

小林忍『昭和天皇 最後の侍従日記』文藝春秋、2019

平成皇室の特異性

以上をまとめよう。《紀子妃の右手》事件は、ご成婚儀式の写真うつりが全体的に悪かったので、髪を触るというマナー違反の写真を外に出したくなったから起きたものであり、その背後には美智子さまの影が見え隠れしている――。事実、問題の写真を撮影した中山俊明さんも、写真にクレームを入れてくる美智子さまと紀宮清子さまに苦言を呈し、平成皇室に特異性を指摘している。

昭和天皇の時代も、写真のクレームといえばたいていは皇太子(現天皇)一家が住む赤坂からやって来た。(中略)赤坂は皇太子、美智子妃はじめ一家がすべて写真を見る。写真を見れば、「これはちょっと」といった“ご感想”がでるのは当然のことだ。(中略)

クレームがつくのはほとんどの場合、美智子妃と紀宮の写真だった。女性が写真の写りを気にするのはあたりまえ。皇族といえども例外ではない。

中山俊明『紀子妃の右手——「お髪直し」写真事件』(情報センター出版局、1991)

報道協定は今も続いている。本当の皇室の姿が国民の前に明らかになる日は来るのだろうか?

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