竹田恒泰『中学歴史』は「事実は重要ではない」と主張するトンデモ本



本サイトは皇室ニュースサイトである。その縁で竹田恒泰氏の最新著書『天皇の国史』を読んだのだが、これがひどかった。進化論ではなく創造説を主張しはじめたり、高天原(天空世界)の実在を真剣に信じたりと「歴史書」ではなく「宗教書」だった。

また、さらにその縁で竹田氏が作っている『中学歴史』という検定不合格教科書を読んだのだが、これもひどかった。まだ古代の部分しか読んでいないのだが、あまりにも仰天すべき内容なので、メモしておきたい。

文/小内誠一

事実は重要ではない

そもそも竹田氏は「事実」を解明しようという立場を全く重視しない。この時点で「歴史教科書」には相応しくないのではないだろうか?

■考えよう

それぞれの神話は何を伝えようとしているのだろう?
ヒント→「事実かどうか」が重要なのだろうか?

竹田恒泰『中学歴史』令和書籍、2020

つまり言いたいことは、「神話は真実を伝えているから、歴史的事実よりも重要だ」と話をすり替えることで、記紀神話を偏重しようという竹田氏お得意の「御高論」が透けて見える。そもそも「過去に起こった事実」を学ぶことが「中学歴史」なのだから、こういった神話を偏重する竹田氏の理論は、歴史教科書の目的に合致しないのではないか。

サムシング・グレート

また竹田氏は妙な疑似科学も平然と引用する。

猿人が進化したのが原人であるとは認められないという有力な反論があります。この立場の主張として、日本の分子生物学者の村上和雄の次の主張が挙げられます。人類の存在は進化論では十分に説明はできず、もし最初の人がいたとしても、その遺伝子を書いたのは人でないことは確実であるとし、その存在を「サムシング・グレート」(何か偉大な存在)と述べました。このように、人の起源については、まだ分からないことが多く、進化論は日本では広く支持されていますが、欧米やイスラム諸国では根強い批判があり、定説はありません。人は猿から進化したのか、それとも最初から人だったのか簡単に答えは出ないかもしれません。

竹田恒泰『中学歴史』令和書籍、2020

竹田氏は進化論に対する反論として、「サムシング・グレート」なる宗教概念を持ち出す。つまり分子生物学者にして天理教徒である村上和雄氏が、「人は神によって創られた」という信仰告白を合理的に説明するために持ち出した概念にすぎない。この事実は村上氏本人が対談の中で「これを私はサムシング・グレートと呼ぶようになったのですが、 これこそ、 まさに親神様のことにほかなりません」(『サムシング・グレートの導き』PHP)と述べているから明白だ。

そもそも竹田氏は、両論併記を悪用しているとしか言いようがない。世界は広い。人は宇宙人によって創られたと主張する人もいる。サムシング・グレートは載せるのに、この宇宙人による創造説を載せないのは、竹田氏が単にそれを信じていないからだろう。竹田氏は両論併記という客観性を装いながら、実際には主観に満ちた自説を押し付けようとしている場合が多い。

人は日本で生まれた

「人は最初から人だった」と主張し、進化論を受け入れようとしない竹田氏。次のような仰天文章もある。

ところで、今に伝わる人類最初の道具は磨製石器であり、いまのところ世界最古の磨製石器が日本列島で出土しているということは、その時代の人類の技術の最先端は日本列島にあったことを意味します。もし、人間は最初から人だったという見地に立ったなら、その最初の人は日本列島で生じた可能性もあるのです。

竹田恒泰『中学歴史』令和書籍、2020

こんなトンデモな可能性を教科書に挿入する必要がどこにあるのだろうか?

だったら「もし、人間は宇宙人によって創造されたという見地に立ったなら、その場合…」などという可能性も併記していただきたいものだ。こういった学術的に全く支持されていない珍説を併記するのは、竹田氏が信じたい願望の吐露にすぎない。

磨製石器にこだわる竹田氏

竹田氏の歴史風作文を読むと、前節でも取り上げたが「日本から世界最古の磨製石器が出土した。ゆえに古代日本は世界最古の高度な文明があった!」という類の文章が目に付く。しかも磨製石器の出現が「文明」の成立条件だというのだ。

■考えよう

なぜ磨製石器の出現が文明成立の条件となるのだろう?

竹田恒泰『中学歴史』令和書籍、2020

日本列島では本格的な食料生産と都市形成の時期は遅れましたが、日本列島から最古の磨製石器と最古級の土器が発見されているのですから、日本は独自の文明の起源を持っていたことになります。これを日本文明といいます。

竹田恒泰『中学歴史』令和書籍、2020

竹田氏は磨製石器が大好きだ。なぜなら、少し前まで「日本から約3万8000年前の世界最古の磨製石器が出土した」とされていたからだ。つまり「世界最古の磨製石器は日本から出土した」を拡大解釈して「日本には世界最古の独自の日本文明があった(つまり中国の文化的属国ではなかった)」と結論したいがために、磨製石器が何度も頻出するのだ。

ここで「少し前まで」と断りを入れた理由は、近年の発掘調査により、世界最古の6万5000年前の磨製石器がオーストラリアから出土したからだ。クリス・クラーソンによる、まさに歴史を塗り替える研究成果は雑誌『ネイチャー』に載った(Chris Clarkson ed. “Human occupation began around 65,000 years ago,” Nature 547(7663), 2017)。またその概要は、西秋良宏編『アジアにおけるホモ・サピエンス定着プロセスの地理的編年的枠組み構築』(2018)の中にも確認できる。

よって竹田氏の「日本から最古の磨製石器→日本は最古の独自文明」は成り立たないため、修正が必要である。

以上、いくつかの点を指摘したが「反知性主義のトンデモ本」であることは疑いない事実である。