悠仁さま“ご生誕日”も、愛子さまとの「広がる差」 皇嗣職「紀子さまだけでは…」の告白



文/宮本タケロウ

悠仁さま、誕生日おめでとうございます

本サイト読者の皆様は、今日が何の日かお判りでしょうか。

そう、今日は、14年前(2006年の9月6日)に将来の天皇陛下である悠仁さまが誕生になった日ですね。 

思えば、悠仁さまの誕生は、紀子さまのご懐妊のニュースから、世間の非常な注目が集まっていました。

2006年2月7日の朝、文仁親王妃紀子が秋篠宮・宮邸にて超音波検査をしたところ、胎児の心拍が確認され、妊娠6週目であると宮内庁長官・羽毛田信吾により発表された。17日後の、2月24日に紀子殿下が妊娠3か月であると、宮内庁が公式発表した。妊娠悪阻(つわり)などの症状があったが、2度目の検査では順調な経過が確認されたと、愛育病院の院長・中林正雄によって発表された。

また、皇室医務主管・金沢一郎は、秋篠宮同妃の意向により性別の事前検査は行わない方針を示した。

悠仁親王(wikipedia)

当時は、おりしも小泉政権が女性・女系天皇容認の方向で皇室典範改定を模索している時期でした。

「無事に誕生するかもわからないのに、余計な議論を起こしたくない」と、紀子さまが性別の診断を拒否されたわけですが、男の子なのか、女の子なのか、いずれにせよ、「皇統の危機」に皇室として何らかのリアクションをしなければならないという責務を担った紀子さまのご妊娠でした。

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日本国中が待ちに待ったその日

そして、国民みなが待ちに待った瞬間が数か月後に訪れることになりました。

ご懐妊報道から7か月後。2006年9月6日、午前8時27分。悠仁さまが誕生したのです。出生時の身長は48.8cm、体重は2558g。秋篠宮家においては佳子内親王以来12年ぶりの子女の誕生であり、皇室においては父・文仁親王以来、実に40年9か月ぶりの皇族男子の誕生でした。

誕生当日には、さっそく賜剣の儀が行われ、祖父である上皇陛下(当時天皇陛下)から守り刀が贈られた後、9月12日に命名の儀が行われ「悠仁」と名付けられたのです。

“悠”の字は「ゆったりとした気持ちで、長く久しく人生を歩んでいくことを願って」と、父・秋篠宮さまが字を選んだと言われ、お印は「大きく、まっすぐに育ってほしい」との思いから高野槙に決まりました。

そして、驚くべきは9月15日の愛育病院からの退院の時のことです。

なんと、病院から宮邸のある赤坂御用地までの沿道には約1800人が集まったのでした。警備は警視庁の機動隊など計1200人態勢で行なわれたと言われます。

愛子さま誕生の際も沿道にお祝いの人が集まったことは有名ですが、愛子さまと違い、悠仁さまは皇子ではない単なる一宮家の親王です。一宮家の親王の誕生にわざわざ2000人近くの人が沿道に集まった異例の事態の背景には、国民が抱いた将来の天皇の誕生への安堵と祝意があったことでしょう。

悠仁さま誕生に海外からも異例の対応

悠仁さま誕生に際して、異例の対応は続きました。

悠仁さまは皇室では41年ぶりの男子誕生でしたが、宮内庁はあくまで一宮家の生まれであるとし、誕生を祝うための記帳所を設けませんでした。しかし地方自治体や寺社などでは独自に記帳所を設けたところもあったのです。

役所から押し付けられたわけではなく、国民が自らことほいだ親王の誕生でした。

さて、悠仁さま誕生の異例の対応は海外から続きました。

誕生時には、52か国の元首から天皇陛下(当時)に、皇孫誕生の祝電が寄せられたほか、世界有数の親日国・トルコのトプカプ宮殿博物館からは国宝「金のゆりかご」が貸し出され、翌年に東京都美術館で開催された「トプカプ宮殿至宝展」で特別展示されました。

これは門外不出の国宝で、国外展示はなんと史上初!

(金のゆりかご)

悠仁さま誕生をお祝いしたいという、トルコ共和国トプカプ宮殿博物館館長の厚意により実現した快挙なのです。これも将来の天皇である悠仁さまが放つ「素晴らしいオーラ」の賜物でしょう。

さらに、悠仁親王の誕生は世界各国のメディアで報道されました。

BBCニュースはトップニュースで報道、アメリカのCNNでは速報で東京特派員が「It’s a boy!」と伝え、さらにまたアメリカのニューヨーク・タイムズ紙やTIME、中国の新華社通信、韓国の聯合ニュースや朝鮮日報なども速報記事や特集記事を出しました。

あれからもう14年…

あれからもう14年が経ちました。

将来の天皇に即位することが宿命づけられた悠仁さまは天皇陛下、上皇陛下そして、ご両親のお姿を見ながら、健やかに帝王学を学んでいます。

昨年は初の外遊でブータンの王室とも交際された様子が報道されました。

世間では「女性天皇賛成」の意見も多いと聞きますが、具体的な皇室典範の改正にまで動きが一切出ていません。

それどころか、与党自民党は「皇位継承順位は動かさない」と明言をし、野党もそれに追随している状況です。この状況では、まかり間違っても悠仁さまより優先して愛子さまが皇位に就くということはあり得ないでしょう。

将来の天皇陛下も、あと4年で18歳、高校卒業と成人まであとわずかです。悠仁さまの健やかな成長が本当に楽しみですね。

愛子さまと広がる差に懸念も…

このように将来の天皇としての道を歩まれている悠仁さま。これからも目が離せませんね。

ですが懸念の声も聞かれることを最後に紹介しておきます。さる皇嗣職から話を伺いました。

「秋篠宮家での帝王学は大きな課題です。本来ならば皇嗣となるからには内廷皇族になるべきだったのに、『自由でいたい』という秋篠宮ご夫妻の願いを叶えるため宮家のままです。そのため教育環境は愛子さまと差が広がるばかりです。

紀子さまは大変教育熱心ですが『東京大学に行かせたい』など、方向性が学歴第一主義です。悠仁さまの教育について紀子さまだけでは…。このままですと悠仁さまを秋篠宮家に置いておくのではなく、天皇皇后両陛下の元に養子入りさせるなどの荒療治が必要になるかもしれません」(皇嗣職)

立派な天皇に即位できるよう、周りが一丸となって協力できる体制になるといいですね。

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