紀子さま「雅子さんより、私こそ皇后に相応しい」 皇位簒奪を希望された過去



文/木下聡

安倍政権退陣で注目の集まる皇位継承議論

先月8月28日、安倍総理大臣は、記者会見にて、持病の潰瘍性大腸炎が再発し、国民の負託に、自信を持って応えられる状態でなくなったとして、総理大臣を辞任する意向表明した。

保守派の政治家として、男系皇統の維持に強いこだわりを見せていた安倍首相の辞任は、「立皇嗣の礼」の後に本格的に開始されることが予定されている皇位継承議論にも大きな影響を及ぼしそうだ。

安倍政権は、男系男子のみに皇位継承資格が認められる現在の皇位継承ルールの維持を目指してきたが、世論調査では大多数の国民が女性天皇容認に賛成している。

今年4月に共同通信が発表した世論調査の結果によると、男系男子に限るとした皇位継承を巡り、女性天皇を認めることに関し「賛成」「どちらかといえば賛成」のいずれかを選んだのは計85%に上り、母方に血筋がある女系天皇も計79%が賛成の意向を示している。

このように、大多数の国民が女性・女系天皇容認に賛成していることから、安倍政権の退陣により、女性・女系天皇容認に向け皇位継承問題に関する議論も大きく前進するのではないか、といった見通しも出ている。

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女性天皇容認は悠仁さまの廃嫡か

女性・女系天皇容認に賛成する意見がこれほど多数の支持を得ている理由は様々だが、やはりそこには天皇ご一家と秋篠宮家に対する国民からの評価の差によるところも大きいという。

「眞子さまと小室圭さんのご結婚問題がトラブルに発展して以降、世間からの秋篠宮家に対する風当たりは非常に強くなりました。

一方で、昨年天皇陛下が即位されて以降、陛下や雅子さまは大変な活躍をされ、メディアや国民かも大変な称賛を受けております。

特に、雅子さまの人気は凄まじく、全ての即位関連を見事にやり遂げられ、さらにトランプ大統領夫妻を始めとして、時に通訳なしで各国の要人らとの会談をこなされるお姿に対し国内外の数多くのメディアが賛辞を送り、また、雅子さまフィーバーとでも呼ぶべき現象を巻き起こしました。

こうしたご活躍もあり、令和の時代となって以降は特に、“是非とも、この立派な天皇皇后両陛下の長女の愛子さまを次の天皇に”という期待の声が国民の間で高まっていったのです」(全国紙社会部記者)

とはいえ、現在でも一部の保守派の間では、男系皇統の維持にこだわり、将来の秋篠宮家への皇位の委譲、そして悠仁さまの皇位継承を強く望む声も根強く存在する。

保守系の論客としても知られる門田隆将氏は、女性・女系天皇容認を望む意見に対して、次のように厳しく批判している。

男系の正統な継承者・悠仁親王を”廃嫡”にしてまで「女系天皇を実現」しようとしている人々に驚かされた。男系によって権威と権力を分離し、日本を世界”最古の国”にした先人の智慧を葬りたい人々。言葉を失う。

門田隆将氏 Twitterより

こうした意見に対しては、すでに多くの反論がなされているが、ともあれ、皇室の歴史や伝統に基づいた現在の皇位継承順位の変更など決してあってはならない、というのが男系皇統の維持にこだわりを見せる保守派の主張であるようだ。

また、将来、悠仁さまが天皇に即位することを何よりも大切に考えておられる紀子さまなども、こういった一部の保守派の意見に賛同されているという。

平成の時代に皇位継承順位を軽視されていた紀子さま

このように、現在では悠仁さまの皇位継承を強く望み、皇位継承順位を維持することを大切であると考えられている紀子さまだが、かつて平成の時代には、皇位継承順位の重要性を軽視されていたようだ。2015年に発売された雑誌『THEMIS』の記事には、紀子さまに関するあるエピソードが紹介されている。

周囲から悠仁さまの教育について助言されたとき、紀子さまは「私はこれから皇后になる人です。みなさんにどうこういわれる筋合いはありません」とピシャリ。「みなさん、平民に…」ともいわれたともいう。

皇室ジャーナリストが語る。

「わたしも聞いて驚いた。権力を持たない天皇・皇后両陛下の地位をまるであるかの如く扱い、しかも一般の人と分けてご自分を特別視されている。このお言葉は他にこう受け取られる恐れがある。皇太子殿下が天皇になられても、皇后の雅子さまには大変かもしれない。そのときは摂政宮を設けて秋篠宮に就いてもらう。要するに皇位継承順位を無視する意図のある発言とも受け取られかねない」

『THEMIS』(2015年9月号)

この記事では、さらに紀子さまが雅子さまに対して、「私はご病気ではありませんよ」と仰られたというエピソードも紹介されている。

かつて、平成の時代には、皇太子殿下に対して退位を要望する学者や評論家まで存在したが、紀子さまとしても、真剣に雅子さまよりご自身の方が皇后に相応しい、と考えられ雅子さまよりも前に皇后陛下となられることを望まれていたのかもしれない。見方を変えればこれは「皇位簒奪」を紀子さまは画策していたということだ。

この頃から、紀子さまの抱かれる雅子さまへの対抗心や、悠仁さまの即位を願われるお心には、並々ならぬものがあったということだろう。

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