平成で歪められた「本来の皇室」を、天皇陛下が取り戻したのか 増えた祭祀が示す真実



文/宮本タケロウ

旬祭に臨まれる天皇陛下

即位1年を迎えた天皇陛下は先日9月1日、赤坂御所から宮中三殿に向かわれ、国民の安寧を祈る宮中祭祀の「旬祭」に臨まれました。コロナ禍のなかにあっても天皇陛下は、宮中の祭祀には必ず臨まれています。そのコロナ禍も収束傾向にあり、16日に眞子さまは久方ぶりの外出を伴う公務(日本橋三越本店で開かれる第66回日本伝統工芸展)に臨席されます。

旬祭に臨まれるために皇居に向かわれる天皇陛下(2020年9月1日撮影)

コロナウイルスという見えない脅威と戦う日本には、一般の耳に届かなくても、このように国民の安寧と福祉を厳かにお祈りくださる天皇陛下がいてくださることはとてもありがたいことだと思います。旬祭は毎月1日・11日・21日に宮中三殿で執り行われ、天皇陛下は月初めの1日に直衣をお召になり朝8時から拝礼されることになっています。なお現在執り行われている旬祭は、明治5年(1872)に定められたものです。

さて、コロナウイルス禍にさいなむ日本の安寧を祈ってくださった天皇陛下の「旬祭」ですが、これに関して、インターネット上ではあるツイートが話題になっています。

話題の主は、『大正天皇』や『皇后考』などの著作で知られる近現代史が専門の歴史学者・原武史氏。

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原武史氏はこう語る

先の5月1日に「旬祭」に臨まれた天皇陛下の報道に関連して、このようなツイートをしたのでした。

いまや国事行為すら十分にできなくなった天皇にとって、唯一完璧にこなしているのが宮中祭祀だ。毎月1日の旬祭に欠かさず出るなど、その回数はすでに平成末期の天皇を上回っている。右派の平川祐弘や渡部昇一が有識者会議に呼ばれて唱えたような理想の天皇に近づいているということだ。

原武史氏ツイート

原氏は「天皇は皇居の奥で祈っているだけで国の象徴なのだ」といういわゆる保守派の主張を引き合いに出して、今上陛下の天皇としての振る舞いを評価しています。

「象徴の役割を能動的に果たそうとした」のが平成の天皇で「祈っていてくださるだけで象徴である」のが令和の天皇ということでしょうか。

原武史氏は「毎月1日の旬祭に欠かさず出るなど、その回数はすでに平成末期の天皇を上回っている」と述べます。これだけ読むと、「平成の天皇より今上天皇陛下のほうが宮中祭祀に熱心だ」という印象を受けますし、実際にインターネット上には

「平成の天皇は天皇の本来の役割である宮中祭祀を行わず”公務”と称して外へ出てばかりで、今の陛下が本来の皇室の姿に戻した」

という意見が散見されます。

確かに、平成と令和の皇室を比べると、特に”皇后”の役割が変容しているのは事実です。平成の皇后(美智子さま)が「まるで舞台女優然とした」や「劇場型」などと形容される一方、雅子さまは、もちろんご病気の影響もありますが、一歩引いて安らかにオクに下がり、能動的に振る舞わない印象を受けます。

しかし、天皇陛下の宮中祭祀への取り組みはどうでしょうか。原武史氏の言葉の通り、「平成の天皇より今上天皇陛下のほうが宮中祭祀に熱心」というのは本当なのでしょうか?

検証してみました。

今上陛下は平成よりも、宮中祭祀に熱心なのか?

宮内庁ホームページを確認しますと、

確かに上皇陛下は、平成30年は年に2回(5月と10月)しか旬祭に出ておらず、今年は毎月出席されている今上陛下と比べると、平成末期は明らかに回数は少ないことが分かりました。

では、「平成の天皇陛下は今上陛下に比べ、宮中祭祀を怠っていた」のか…

平成初年度から見ていきますと、決してそうではないことが分かりました。

上皇陛下は昭和天皇の喪が明けた平成2年から本格的に宮中祭祀に臨まれましたが、平成2年は11回、平成3年も11回と、毎月のペースで「旬祭」に出たことが分かっています(1月は「四方拝の儀」と「歳旦祭の儀」があるため、毎月皆勤で年11回)。

  • 平成2年:11回
  • 平成5年:10回
  • 平成10年:9回
  • 平成15年:6回(1月に前立腺がん摘出手術、2月退院。6月まで一切の宮中祭祀を欠席)
  • 平成20年:10回

上記のように、平成2年から5年刻みで20年まで見ていきますと、平成15年以外は平成20年までずっと年間約10回のペースで「旬祭」に皆勤されたこと分かっています。ちなみに平成15年の前立腺がん手術の折、手術後から6月までの天皇の行う宮中祭祀は掌典長が代拝しました(天皇欠席の間も美智子さまは皇后が拝礼する祭祀に出席し続けました)。

「旬祭皆勤」は平成21年に途切れた…

この「旬祭皆勤」が変わるのが、平成21年です。平成21年以降は5月と10月の年2回に減り、この年2回ペースが平成30年まで続きました。

では、なぜ平成21年に宮中祭祀の回数が減ったのか、それは高齢による負担軽減でした。当時の宮内庁の公表事項にこのような報道発表が残っています。

天皇皇后両陛下のご健康問題については,(中略)明年一月平成の御代が二十年を超えることを一つの節目として,両陛下の御負担を軽減する観点から,祭祀の態様について所用の調整を行うべく目下検討を進めております。昭和の時代には,昭和45年,昭和天皇が69歳になられた頃から,御代拝によりいくつかの祭祀を執り行われることとなる等の調整がなされました。(中略)

天皇皇后両陛下は,これまですべての祭祀を執り行ってきておられますが,本年12月には天皇陛下は75歳になられ,また,10月には皇后陛下は74歳になられますので,いろいろと調整の態様を検討することになると思います。

                            平成20年3月24日:宮内庁次長・皇室医務主管

宮中三殿祭祀と両陛下のご健康問題(宮内庁ホームページ)

こうしたことを考えると、「平成の天皇陛下は今上陛下に比べ、宮中祭祀を怠っていた」ということは成り立たず、むしろ、正確には、

今上陛下は即位直後の平成の天皇陛下と同様のペースで宮中祭祀に熱心に臨まれている

ということが事実となるでしょう。事実、昭和天皇の晩年も同様の処置がとられていたようです(『皇室事典(令和版)』角川書店、2019)。

天皇の仕事は、まずは宮中祭祀

鎌倉時代に、第84代順徳天皇自身の手により成立した「禁秘抄」にはこう書かれていると言います。

「およそ禁中の作法は神事を先にし他事を後にす」

つまり、全ての宮中の仕事は神事が第一で、その他の事は二の次三の次ということになりますね。そういえば、上皇陛下が退位を決意されたのも、一つに宮中祭祀が満足にできなくなるからだったことを思い出します。

目立たなくとも、国民の安寧を常に祈ってくださる

今も昔も、そんな存在がいてくださることに感謝しつつ、筆をおきたいと思います。

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