秋篠宮家、学習院から「来なくていいです」の“お払い箱”か 悠仁さま「帝王学」がピンチ



文/木下聡

悠仁さま帝王学の現状

9月14日の定例会見で加地隆治皇嗣職大夫は、記者団から「悠仁さまの進学先は学習院ですか?」と問われ、「紀子妃殿下の文書の通り、悠仁親王殿下とご両親が話し合ってお決めになるものと考えている」と答えた。さらに記者団は「宮内庁として責任をもって悠仁さまの教育に当たるべきではないか?」と問いかけたが、加地隆治皇嗣職大夫は「秋篠宮皇嗣同妃両殿下がお決めになるとのことで、我々は立ち入れない」と述べた。

現場にいた記者は次のように語る。

「眞子さまの結婚問題と並び、悠仁さまの“帝王学”は重大な関心事です。素晴らしい芸術作品を制作されたとか、成績抜群とか、運動神経も並々ならぬ才能を発揮されたなどの大本営発表ばかりで…。悠仁さまの等身大のお姿を知りたいと国民は願っていますし、心配される帝王学の教育環境がどうなっているのか心配ではあります」(社会部記者)

たしかに悠仁さまの帝王学を不安視する声は多い。『女性セブン』2018年9月20日号には、秋篠宮家での帝王学は困難との見方から、天皇皇后両陛下の元に悠仁さまを養子として送り込むべきとの宮内庁関係者証言が載せられている。

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帝王学と象徴学

1972(昭和47)年8月、上皇陛下(当時、皇太子)は、軽井沢で記者会見を開き「浩宮様は将来の象徴(天皇)になる人だと思いますが、そのための帝王学を具体的に何か」との問いに、「重要なものとして、人間として望ましい人格をつくることが第一で、それに立場からくるいろいろなものが加わってくると思います」と答えている。さらに上皇陛下は「帝王学というのは違う。象徴学である」と訂正された。

明治以前の帝王学は『論語』『帝範』といった漢籍を学び、歴代天皇・上皇が皇太子に与えた“心得”である『寛平御遺誠』や『誠太子書』を学んだ。しかし文明開化とともに、帝王学(進講)の内容も漢籍・古典から外国語や自然科学などに様変わりしてきた。さらに戦後の象徴天皇制においては、天皇は国民統合の象徴と位置付けられており、もはや天皇に必要な学問は教科書だけでは学べないものになっている。

『皇室に学ぶ徳育』(モラロジー研究所)などを著した所功さんも現代の帝王学(象徴学)について「学習院自体が戦後一私立学校となったが、まして他の学校では皇族に資する教育を行うことが難しい。したがって、各皇族は現皇室内の方々から皇族の心得などを学ぶほかない」と述べている。

秋篠宮殿下の苦悩

このような中にあって、悠仁さまの「帝王学」を孤軍奮闘しているのは秋篠宮ご夫妻だ。この問題に詳しい皇室ジャーナリストの佐藤公子さんは次のように語る。

「問題となるのは、悠仁さまの教育環境が宮家のそれであり、天皇家のものではないことです。悠仁さまの教育費は、秋篠宮家の私費(皇族費)で賄われており闞沢とは言えません。本来ならば悠仁さまは両陛下の近くに置き、その背中を見て成長されるべきです。

ですが戦前のころと比べ、現在の皇室は、天皇家と宮家の関係が希薄になっています。また、明治以降、直系で皇統が紡がれてきたため、皇位継承者が傍系の場合の教育は初めての体験です。加えて秋篠宮殿下も紀子さまも、自分たちで悠仁さまを育てたいという想いが強い。これは親として当然でしょう。

帝王学の一環として、昨年、秋篠宮ご夫妻は悠仁さまを連れブータンに海外旅行されました。ブータン国王夫妻や王子との交流を重ねました。さらに文化人類学者の池谷和信教授を帯同させ、現地の文化などに親しまれまれるなど、良い経験を積むことができたと思います」(皇室ジャーナリスト・佐藤公子)

この一方、秋篠宮家の教育環境には次のような意見もある。

「秋篠宮殿下はまさかご自身が即位するかもしれないとは露にも思わず幼少期・青年期を過ごされた方です。ヤンチャ者で知られた寛仁親王にも通じる感性をお持ちです。宮家の当主としてならば、充実した人生を過ごされたでしょうが、皇位継承権一位という立場はいささか重荷に感じているかもしれません。

悠仁さま“教育”について『秋篠宮ご夫妻に一任したままでよいのか』という声もあります。特に宮内庁でよく聞かれる声としては『悠仁さまの高校進学は、学習院で良いのではないか?』ということです。

ご夫妻としては宮内庁からとやかく干渉を受けたくないというのが本音でしょうが、学習院と宮内庁は密に連絡を取り合っており、その他の学校よりも教育面でも安全面でも色々と安心できるのですが…」(宮内庁関係者)

この関係者の「安全面」という言葉の裏には、昨年、不審者がお茶の水小に侵入して悠仁さまの机に刃物を置いた事件が念頭にある。学習院なら愛子さまの頃の経験があるため、未然にこのような事件を防げただろうというのだ。

悠仁さまは学習院高校に進学?

お茶の水女子付属は中学校までのため、必然的に悠仁さまは「高校受験」を体験することになる。宮内庁が希望するように学習院高校に進学すうことはあり得るのだろうか?

この問題に詳しい専門家は次のように予想する。

「悠仁さまは学習院以外の高校に進学されると思います。一昨年、学習院大学の内藤政武院長が宮内庁に挨拶に訪れたときも、愛子さまの担当の者と面会しましたが、秋篠宮家から担当者は出席しませんでした。秋篠宮家の教育は、秋篠宮家で決定したいという意志の顕れでしょう。

もっとも皇族方の学習院離れは秋篠宮家だけではありません。高円宮家の三女・絢子さま(現、守谷絢子さん)は2009年に城西国際大学(福祉総合学部)に進み、同大学院修士課程を卒業しています。たしかに安全面では学習院のほうが経験豊富で安心できるかもしれません。

ですが、既に華族制度が無くなって久しく、交際面・学習面では学習院に進まずとも問題ないでしょう。やはり宮内庁や天皇家と相談して、上皇陛下や天皇陛下の傍で“その生きざま”こそを学ぶ必要があるように思えます」(全国紙社会部記者)

だがさる宮内庁関係者は別の事情を明かす。

「秋篠宮家の“学習院嫌い”は昔から有名です。それは学習院側にも伝わってしまっていると思います。昨年、愛子さまの進学先を決定するにあたり学習院側と何度か話し合いの場がもたれました。当然、そこで悠仁さまの高校進学も出たのですが、学習院側からも『(悠仁さまは無理して学習院に)来なくていいです』とこちらがお払い箱にされてしまいました…。受験して不合格にされては大変なことになりますから、悠仁さまの学習院進学は難しくなりました」(宮内庁皇嗣職宮務官)

帝王学の重要さ

このように悠仁さまの「帝王学」をめぐっては、まだまだ悪戦苦闘が続きそうだ。元宮内庁職員の小内誠一さんは、次のように悠仁さまの教育の重要性を指摘する。

「今の時代に必要なのは帝王学ではなく象徴学でしょう。その点については、上皇陛下が仰った通りです。かつて上皇陛下は、浩宮さま(現在の今上陛下)の教育について問われ『日本の文化、歴史、とくに天皇に関する歴史は学校などでは学べないものです。それをこちらでやっていくことはしたい』『象徴学は一つの言葉で表せないと思います。いろんな材料を手えて、それをいかに咀嚼していくかが大事です』(1976年12月)と答えました。

その後、今上陛下は、ご進講で歴代天皇の事績を学ばれ『誠太子書と呼ばれているんですが、この中で花園天皇は、まず徳を積むことの必要性、その徳を積むためには学問をしなければならないということを説いておられるわけです。その言葉にも非常に深い感銘を覚えます』(1977年3月)と述べられています。こういうことこそが正しい教育の在り方だと思います。

このような帝王学、正確には象徴学を、悠仁さまも学ばれていく必要があるでしょう。もちろんそのためには、今のように秋篠宮家が宮内庁をシャットアウトするのではなく協力し合い、そして何より両陛下のそばで“象徴としての在り方”を学ぶ必要があることは言を俟ちません。多くの国民が愛子天皇の誕生に好意的なのも、愛子さまがこのような象徴学を自然と身につけられていることを意識的・無意識的に気が付いているからだと思います。

まして、もし眞子さまと小室圭さんが結婚されれば、悠仁さまにも小室家の影響が出ることは避けられません。さらに愛子さまと常に比較され、皇位継承問題の議論も複雑化していくでしょう。だからこそ悠仁さまの教育は一層大切なのです」(元宮内庁職員・小内誠一)

悠仁さまにどのような教育がなされていくのか、これから煮詰められていくのだろう。

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