竹田恒泰『天皇の国史』は「水田は天空世界から伝わった」と信ずるピュア過ぎる本 高天原は中国だった?



文/小内誠一

信じるところから始まる純粋さ

私は学生時代、指導教官から「学問としての歴史は資料を疑うところから始まる」と教えられた。実証史学の始まりはレオポルト・フォン・ランケ(Leopold von Ranke, 1795-1886)とされ、この立場に基づくならば客観的に信じがたい神話上の出来事が「史実」として受け取られることはない。つまり聖書も記紀も疑って読むのが実証史学だ。一方、聖書や記紀の神話を史実として受け取る歴史記述を「普遍史」という。

竹田氏の『天皇の国史』(PHP研究所、2020年8月13日発売)を読むと、なによりも記紀(古事記、日本書紀)を史実として「信じたい」という願望にあふれていることが解る。神武天皇の実在性どころか、高天原(天空世界)の実在性まで信じているのだ。竹田氏の信じやすさは、幼稚園児が仮面ライダーを見て「本当に変身できるヒーローがいる!」と信じてしまうピュアさと通じるものがある。キリスト教徒が「エデンの園」の実在を信じたり、仏教徒が「極楽浄土」の実在を信じているのと似ているのかもしれない。「信じる」ことから始まる歴史学とは、宗教と変わらないのだろうか。

「非合理な記述があれば、その部分は信じないのが学問的に態度である」と定義し、非合理的な記述以外の部分を「事実」と認定する史の立場は、信仰と理性がせめぎあいつつも信仰が勝っていることを反映しているように思える。

「水田は高天原から伝わった」は事実

前回もSNS上で好評であったため、今回の書評記事では『天皇の国史』が「水田は高天原(天空世界)から伝わったことは歴史的事実」としている箇所を考察したい。

弥生時代は稲作が本格的に開始された時代とされるが、なんとこれを竹田氏は記紀の中に比定しようとする。記紀の中には、天照大御神が瓊瓊杵尊に下した「斎庭稲穂の神勅」と呼ばれる「高天原(天空世界)で育てられている神聖な稲穂を地上世界にいる我が子に与えます」というお言葉がある。もちろん竹田氏はこれを事実と認定し、「神産巣日神と邇邇芸命のいずれが稲を伝えて広めたのか問題となる」と真剣に取り組む。記紀に書いてあれば一先ず信じるという竹田氏のピュアさには本当に驚かされる。

さらに、海幸彦・山幸彦が水田稲作している『古事記』の記述から、この両者が現れることには弥生時代に入っていたと断定。「それ以前に地上で稲作がされていた記述はなく、やはり水田稲作は天孫降臨により地上にもたらされたと考えられる。また、高天原では、須佐之男命が天照大御神の田を荒らしたことが『古事記』に見えるため、天孫降臨以前に高天原には水田があったことが解る」と述べる。

記紀神話に登場する高天原(天空世界)の実在を前提にして、日本における水田稲作の起こりを論じたのは竹田氏が初めてではないだろうか?「非合理な記述があれば、その部分は信じない」と竹田氏は主張するのに、高天原の存在を頑なに信じるのは、それを否定すると皇統の正統性が根底から崩れるという「恐れ」が背後にあるのではないかと推察する。

高天原は中国?

このように高天原(天空世界)の実在を信じ、そこから水田稲作が我々の生活する地上世界にもたらされたと主張する竹田恒泰氏。この一方で竹田氏は、水田稲作は中国の長江中下流域から直接伝わったという研究を「事実」と認定している。この二つを総合するならば、高天原(天空世界)は長江中下流域ということになり、天照大御神も中国人——ということになるのだが、その点については何ら明示的な記述はない。

竹田氏はイデオロギー的に「天照大御神は中国人」などとは絶対に認められないだろうから、この個所は「解りやすくするため比喩的に表現した」「記紀のすべてが文字通りに正しいわけではないが、歴史的事実を反映していることは確実」などと神学者顔負けの解釈を提示してくるだろうと推測する。高天原(天空世界)や天孫降臨が事実であるかのように記述しておきながら、(高天原から地上にもたらされた)水田稲作のルーツを中国と認定する矛盾が残されている「齟齬」は、竹田氏のなかで「記紀は正しい」という信仰と、「水田は中国からもたらされた」という理性との葛藤があった結果なのではないか。

ところで竹田氏はこの個所の自説の補強として、古田敦彦「日本神話における稲作と焼畑」という論文(CiNiiでPDFをダウンロード可能)を引用し、「先ず高天原で畑作農業と水田農業が始められ、神産巣日神により地上に伝えられ大国主審と少名毘古那神が広めたのが粟を中心とする畑作であり、後に天孫降臨で邇邇芸命により地上に伝えられたのが水田耕作だったと結論付けられる」とする。しかし古田氏は論文中で何度も「神話では」「神話の立場で」と前置きして語っており、「歴史的に」などとは一言も言っていない点は指摘しておく。


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