【実録】雅子さま“ご結婚”に最後まで反対した「美智子さまの策動」 第二のお妃候補は誰か? メディアの掌返しを紐解く



文/宮本タケロウ

御成婚26年、両陛下プロポーズ秘話

今年の6月28日には秋篠宮殿下と紀子さまの麗しき真珠婚でした。あいにく新型コロナのため祝賀行事は中止となりましたが、それでも仲睦まじいご家族の写真には心現れるものがあります。この陰に隠れてしまっていましたが、これに少し遡る6月9日は麗しい天皇皇后両陛下の結婚記念日でもあります。

翌6月10日のフジテレビ系「ミヤネ屋」では、天皇皇后両陛下が結婚に至った経緯に関して、「成婚26年、両陛下プロポーズ秘話」として、ある美談というか「秘話」が紹介されました。

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両陛下のなれそめ

両陛下の馴れ初めは、1986年スペインのエレナ王女の来日の歓迎イベントに当時外務省入省したての小和田雅子さん(当時)が、御尊父の外務省幹部小和田恒氏の令嬢として招かれた時にさかのぼります。天皇陛下26歳、皇后陛下22歳の秋でした。 

 お見初めになった当時の印象を陛下はこう振り返ります。

「控えめではあるが、自分の思いをはっきりと言い、非常に聡明で、話していて楽しい人」

『女性セブン』2019年4月14日
(小和田雅子さん(当時)が外務省研修で英国に行く空港にもテレビは追いかけていました)

その後、数多くのお妃候補の一人として、東宮とつかず離れずの距離を保っていた小和田雅子さん(当時)ですが、当時(80年代末~90年代初頭)は、雅子皇后陛下のみならず、旧宮家の久邇晃子さんや徳川家の徳川恵子さんなど、さまざまな令嬢が皇太子殿下(当時)のお妃候補としてメディアにクローズアップされ、テレビや週刊誌から追い掛け回される深刻な事態が発生していました。

美智子さま「立皇嗣は中止!」の願い 紀子さま「自愛の人は出しゃばらないで」の反論

マスコミに追い掛け回される雅子さま

(イギリスまで来たマスコミに冷静に対応する小和田雅子さん(当時)、お美しい…)

マスコミが雅子さまを含む一般人のお妃候補の家に連日連夜押しかけることも多く、 その勢いは今の小室圭さんの比ではなかったようで、多くのお妃候補の方々はそれにウンザリしていたとのこと。

そりゃそうです。お妃候補とはいえ、一般人で普通の生活をしている20代前半の若い女性が急にマスコミに身辺を取り囲まれるわけですから。誰でも辟易するでしょう。

そして、小和田雅子さん(当時)もマスコミ(以下、マスゴミと言います)攻勢から逃げるように外務省の研修でイギリスに向かわれました。研修に専念できると安心した皇后陛下ですが、なんとイギリスまでマスゴミが追いかけて来ました。ひどいストーカーですね。

両陛下の結婚を邪魔するマスゴミ

(結婚する気はないと伝える小和田雅子さん(当時))

皇后陛下は、イギリスまで追いかけてくるストーカーじみたマスゴミの執拗なしつこさに辟易し、当時のテレビインタビューにこう述べるに至りました。

とにかく私は、お妃問題には関係ないと思っておりますので、私は外務省の研修生として、研修している身でして、研修が終わりましたら、外務省の省員としてずっと仕事をしていくつもりですので…

「ミヤネ屋」2019年6月10日放送

おわかりでしょうか? 皇室に嫁ぐというのはそれだけで相当の覚悟と責任感、人生をかけて天皇陛下と日本国民を支えるという勇気と忍耐が必要だというのに、日本のマスゴミはそれを応援せず、将来の皇后陛下を興味本位で追い掛け回した挙句、「私はお妃問題には関係ない」とまで言わせているわけです。

天皇陛下、ボロ雑巾に擬態し、前代未聞のプロポーズへ…

ともあれ、キッパリと断り、結婚適齢期に2年~3年も日本を離れられた小和田雅子さん(当時)はお妃候補から一時外れてしましますが、「やはり、雅子さんでなければ…」と、結婚するならこの方しかいないとお思いだった皇太子殿下(当時)は雅子さん(当時)の帰国後、マスゴミに追われず、しっかりとプロポーズできる前代未聞の極秘デート作戦をとります。

そう、世に名高い、千葉県の宮内庁・新浜鴨場でのプロポーズです。

(宮内庁・新浜鴨場、ここがなければ「令和」はなかった…)

一人、鴨場で待つ皇后陛下に会うため、天皇陛下がとった行動は、なんと通常宮内庁職員が使うボロボロの赤いワゴン車に身を潜めることでした!

しかも!マスゴミにかぎつけられないために、念には念を入れ、後部座席の窓に黒いフィルムを貼って、段ボールを盾に、横に寝て毛布にくるまって東宮御所を出たとのこと!

これを「ミヤネ屋」は「前代未聞の極秘デート作戦」と、面白おかしく紹介しますが、冷静に考えますと、そこまでしなければ落ち着いてプロポーズもできないくらいに卑劣なマスゴミ連中が両陛下を追い込んだと言えます。

陛下「雅子さんのことは、僕が一生、全力でお守りします」

鴨場でのプロポーズの後も、皇后陛下は外交官として国のために働く意思をお持ちで即答を避けたわけですが、陛下の真摯な言葉や、人柄に心惹かれ、徐々にお気持ちが変わり、最終的に陛下から

皇室に入られることにはいろいろ不安もおありでしょうけれども、雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから」(この台詞、世界史上最高に格好いい)

と、伝えられた後、承諾にいたります。

その時に皇后陛下がおっしゃった一言が感動的です。

「お受けいたします限りは、殿下にお幸せになっていただけるように、そして、私自身もいい人生だったと振りかえられるような人生にできるように努力したいと思います」

PIKARINE(2019年5月2日記事)
(「僕が一生、全力でお守りします」の会見。陛下…カッコよすぎる!)

不敬なメディアの手のひら返し

マスコミに追い掛け回され、結婚が遅れた挙句、ボロボロのワゴンの中で段ボールと毛布にくるまって皇后陛下に会いに行かざるを得なかった...なんと、おいたわしい…

これを宮根誠司の「ミヤネ屋」は「極秘デート作戦!」だの紹介します。が…ふざけんな! 何度も言いますが、「秘話」でも「ホンワカエピソード」でも何でもありません!冷静に考えますと、マスコミが両陛下の結婚を執拗に邪魔をしていたとんでもなく醜悪で不敬な事例です。

現在の眞子さまと小室圭さんの話題は、婚約内定後で、皇籍を離れる前提の結婚ですので類が異なりますが、質は同じと言えます。しかし当時のマスコミは今の比ではなかったようです。

これに何の反省もなく、下衆マスゴミの象徴のような宮根誠司は政治評論家(?)の杉村太蔵とこう笑いあいます。

宮根「いやぁ、太蔵ちゃんね、両陛下、デートも大変だったんですね!」

杉村「いやッ(笑)、この話、初めて知りましたね。あの宮内庁職員用の(笑)、ゲヘッ、あのワゴン車で(笑)」

宮根「で、布をかぶって」

杉村「布をかぶって(笑)警察にも一切言わずにィ」

宮根「すごいですよねぇ」

「ミヤネ屋」2019年6月10日放送

いかがでしょうか? まぎれもないマスゴミが両陛下の結婚を邪魔し続けていたにも関わらず、それを反省もせずに、「プロポーズ秘話」だの「前代未聞の極秘デート作戦」だの…厚顔無恥とはこのことでしょう。

美智子さまの「策動」

話は遡りますが、雅子さまの結婚に一番反対していたのは、当時、美智子さまだったそうです。元宮内庁職員の小内誠一さんに当時の話を伺いました。

「雅子さまのほかにもお妃候補は何人かいました。美智子さまが推していたのは渋沢肇子さんです。肇子さんは美智子さまと同じく聖心女子の出身で、美智子さまは『ハッちゃん』と呼びになっていました。なぜ美智子さまが気に入られたかというと、東京港区のエーデルワイス幼稚園の保母をされており職業的に目立ち過ぎないこと、またなにより学歴的や家柄がご自身と比較して見劣していたかからです。

肇子さんは名字の通り、一万円札の顔になる予定の渋沢栄一ご子孫ですが、渋沢栄一から数えて5代目であり生活などは全くの一般庶民でした。あらゆる意味で目立ち過ぎず、美智子さまの『ライバル』になりえないことが重要だったのでしょうね。

天皇陛下が『小和田さんではだめでしょうか?』と粘られたため、雅子さまとの結婚が成就されました。ですが、雅子さまは才色兼備のスーパーエリートであるため、最後まで美智子さまは結婚に反対されていました。私が聞いた話では『水俣病のチッソ関係者の娘だからダメ!』と何度も仰っていたそうです」(小内誠一さん)

美智子さまもご自身の結婚については、香淳皇后から根強い反対を受けていた。色々と胸中思うところがあったのでしょうか。

令和になり、女系容認や男系維持の議論が加速しています。いずれの結果になるにせよ、「皇統を継ぐ唯一の存在である悠仁さま」や、「近代以来初めての女帝となる愛子さま」の結婚相手となる方のプレッシャーは当時の皇后陛下以上のものとなるでしょう。

もちろん、憲法にある通り、天皇の地位は国民の総意に基づき、歳費はすべて税金で賄っているわけですから、国民がマスコミを通じて強い関心を持つ権利はあります。しかし、くれぐれもマスコミが暴走して「結婚の邪魔」になるようなことはすべきではありません

小室圭さん「浮気」か 眞子さまに佳代さん「男はそういうものよ」と助言 

美智子さま「立皇嗣は中止!」の願い 紀子さま「自愛の人は出しゃばらないで」の反論