海外ジャーナリストが報じた「雅子さまイジメ」の本質 美智子さまが「男児出産」を責め立てていた



文/佐藤公子

海外報道と国内報道

8月15日の終戦記念日。天皇皇后両陛下は戦没者追悼式に臨席された。コロナ禍のため皇室行事は相次いで順延もしくは取り止めになっているが、それでも雅子さまのお姿を拝見できたことにSNS上では歓喜の声があがっている。

思えば「適応障害」で平成時代に殆ど公務・祭祀にお出ましにならなかった雅子さまが、令和になるやすぐさま復活されたのは多くの国民にとって慶事だろう。平成までのバッシングはどこへ行ったのか?

普段我々に詠む機会があるのは国内報道であり、海外の報道はなかなか触れることはできない。そもそも海外メディアで皇室が取り扱われることが少ないからだ。だが、海外の皇室報道は、忖度にとらわれない新鮮な情報をもたらしてくれることがある。たとえば米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版2019年4月29日)にリッチ・モトコ記者(Motoko Rich)は「籠の中の皇太子妃」(A Princess in a Cage)という記事を寄せ、かつて日本の週刊誌が雅子さまをどれだけイジメてきたのかを紹介している。

2001年(平成13年)4月16日に雅子さまご懐妊の可能性が宮内庁から発表されるや、週刊誌が次のように書きたてたことを紹介している。

ある雑誌は嬉々として受胎日を推測し、その夜に夫妻が過ごした場所を調べ上げ、そのホテルにあるインペリアルスイートの大きなダブルベッドまで突き止めた。

Motoko Rich, “A Princess in a Cage,” The New York Times, 2019-4-29.

悪趣味としか言いようがない。そんな週刊誌が、令和となるや突然、雅子さまを絶賛し始めたのは不思議としか言いようがない。平成時代には何か特別な事情でもあったのだろうか?

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ベン・ヒルズはかく語りき

このように海外ジャーナリストによる皇室報道は、渦中にいる国内報道とは異なり、客観的な視点を与えている場合も多い。今回は、ベン・ヒルズ(Ben Hills)が2006年に刊行し、2007年に翻訳出版された問題書『プリンセス・マサコ』を紐解きながら、美智子さまと雅子さまの関係について考察していきたい。本書は、事実誤認なども多く宮内庁・外務省から抗議を受けたことがあり話題となった。

まず、雅子さまと美智子さまの関係が良好でなかったことはよく知られるが、その原因についてベン・ヒルズは次のように重大な指摘をする。

さらに深刻なのは、雅子妃と義理の両親の関係が完全に破綻したことだった。美智子妃が男の子を産めと雅子妃を責め立てているという話が伝えられた。

皇室ウオッチャーで天皇の友人である橋本明に言わせると、雅子妃と皇太子は公式レセプションの時にしか両親と顔を合わせないほど、その関係は悪くなっていた。天皇の前でふたりは「氷の柱のように」立っているのだという。

ベン・ヒルズ『プリンセス・マサコ』第三書館

2003年2月に宮内記者会見で湯浅利夫宮内庁長官が「皇室の繁栄を考えると、(秋篠宮ご夫妻には)第三子を強く希望したい」と発言し、これが同年12月の雅子さまの宮内庁病院入院、翌2004年5月の皇太子殿下(当時)による「人格否定発言」騒動、そして2004年7月に公表された雅子さまの適応障害に繋がっていくことは夙に知られる。

この一連の出来事の背景に、美智子さまから雅子さまへ「男子出産」のプレッシャーがあったと考えるならば、合点のいくことが多い。これが最も事実に近いのだろう。

美智子さまの「慈悲のお言葉」は実は「譴責」だった?

ところで、2004年に皇太子殿下(現、天皇)が記者会見で「それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と仰るや、メディアは躍起に犯人捜しをした。だが容疑者候補の中に美智子さまの名が出てくることはなかった。

当然だろう。なぜなら美智子さまは同年の誕生日会見で雅子さまを優しくいわたっていたからだ。皇室ジャーナリストの渡邉みどりさんは、この時の美智子さまの対応を「けっしておせっかいがましく介入したり、でしゃばったりせず、かといって突き放すこともなく、若い二人を遠くからやさしく見守る。話の聞き役になるのは、年配の者のつとめです」と絶賛(『美智子さまに学ぶエレガンス』学研、2017)。

しかしベン・ヒルズはこの言葉を「譴責」とみなし、それが皇太子謝罪の遠因になったと分析する。

この発言は、皇太子夫妻と他の家族のあいだにあった裂け目を峡谷のような深いものに変えてしまった。天皇はこの発言に「驚き」、雅子妃と皇太子を「非常に心配した」という。弟の秋篠宮は、その発言は「残念」だと言い、皇太子妃は公務を怠けているとほのめかした。彼は自分に期待されたことをやり、自分の役割を自分で決めようとは思わないと言った。

数カ月後、誕生日の記者会見で皇后美智子は、

「東宮妃の長期の静養については、妃自身が一番に辛く感じていることと思い……」

と言い、一部の人はそれを譴責とみなした。批判された皇太子は結局引き下がって謝罪したが、もう手遅れだった。

ベン・ヒルズ『プリンセス・マサコ』第三書館

また「人格否定発言」を境に、メディアは雅子さまを総バッシングするようになったことはよく知られる。離婚や別居を薦める橋本明や西尾幹二といった識者が次々と現れた。あたかも国民全体が雅子さまを嫌っているかのような報道だった。

しかし国内報道の外から皇室を見続けたベン・ヒルズは、「国民は圧倒的に雅子さまを支持していた」と次のように締めくくる。

世論調査では後者(雅子さま)を支持する人が圧倒的だった。とはいえ、宮内庁はこれまでと同じで世論など相手にしていない。

ベン・ヒルズ『プリンセス・マサコ』第三書館

はたして平成の「雅子さまバッシング」とは何だったのだろうか? 本当はそんなものは無かったのだろう。雅子さまは昔も今も輝き続けている。

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