雅子さま「子育て」に救われた少女の告白 「陛下って最高の両親やったんですね」



文/宮本タケロウ

見違えた少女

「去年とは、ぜんぜん違う顔をしてるんだな」

令和2年1月2日、皇居の御濠から目と鼻の先の大手町のカフェ。目が合った瞬間にそう声をかけた私にイクコ(仮名)は照れくさそうに笑った。

イクコは京都在住の21歳。彼女と出会ったのは去年の夏。本サイトとは別の媒体に上げる記事の取材がきっかけだった。

夏の取材テーマは「ネグレクトと虐待」、幼児虐待を受けた子供の成長を追った企画だった。

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幼児虐待の過去

イクコは生まれてすぐに両親が別居。彼女が言うには「本当の父親の顔は一度も見たことがない」らしい。イクコと一緒に暮らす母親は早朝から深夜まで働いて家計を支えてくれたが、内縁の夫がいた。内縁の夫は顔も元夫の子供など可愛いはずもなく、酔うとすぐにイクコに暴力をふるった。

「親の愛ってものが分からんくて、母親が家にいないのは当たり前やし。親父は恐怖の対象でしかなかったから」(イクコ、以下同)

イクコが小学校高学年になる頃、母親は内縁の夫と別れた。別れた原因は度重なるイクコと母親へのDVではなく、母親がある新興宗教にのめりこんだからだった。

「父親の暴力がなくなったのは良かったけど、それからは母親がもうおかしくなって…毎日、神棚か仏壇か知らんけど何か拝んでは週に一回は宗教のとこに行く。親父と違って暴力はせんかったオカンやったけど、宗教に行き出してからは何を相談しても『神様がああだこうだ』って言って、私とは神様を通してしか会話ができんくなった」

イクコに転機が訪れるのは高校生の時だ。飲食店に勤める年上の恋人ができたのだ。

「その時に、親なんかいてもいなくても同じやって思って。産んでくれただけで、どうせ他人なんやし」

年上の恋人はイクコと違って育ちが良く、京都御所に一緒に散歩に行ったり、皇室や日本の伝統文化を教えてくれたらしい。京都で生まれ育ったにも関わらず、それまで「文化」とは無縁の生活をしてきたイクコには新鮮で貴重な体験だった。

そして、「私を見てくれずに宗教にしか関心がない」という母親を見限って、高校卒業後は恋人の家に転がり込んだ。

恋人に対するDV

しがらみから離れた恋人との楽しい同棲生活のはずだったが、また大きな問題が浮上した。イクコは恋人にDVをふるうようになったのである。

「ふとした時に彼を殴ってしまう自分がいた。なんでやろ? 彼のこと、大好きなんですよ。でも殴ってしまう。殴った後は罪悪感で号泣してしまう。でも止められんかった…それがあの親父が私にしたことと一緒やし、それが自分で一番許せんのに」

イクコは自分の苦しい人生の始まりを父親(母親の内縁の夫)による暴力だと位置づけているという。だが、まさに自分の苦しみを作った原因のDVを繰り返してしまう自分が本当に嫌いだったらしい。

女性による男性へのDVはさほど聞かないが、決して珍しいことではなく、一昨年の内閣府の調査では男性の5人に1人がパートナーの女性からDVを受けているという統計が報告されている。

イクコは「DVの連鎖を断ち切る方法」を「親と関係を結びなおすこと」と考え、こう続けた。

「やっぱり、親との関係を作りなおさなきゃいけないんでしょうね。あの母親も自分を産んでくれた。親が嫌いや嫌いやって言ってるけど、あの母親を救ってやれるのは私だけなのかもって、最近思うようになってきたんです。

私、親からネグレクトされ、虐待受けてきたでしょう? だからもう一回、親と子供の本当の関係を結びなおす必要があると思うんです」

天皇陛下の子育て

「親と本当の関係を持とうとしている」というイクコに、彼女に比べればはるかに恵まれた自分の経験を話すのも失礼に思えたので、「天皇陛下が愛子さまをどう育てたか知ってるかな?」と、陛下が皇太子時代に子育ての指針としたアメリカの教育学者ドロシー・ロー・ノルトの詩を教えた。

批判ばかりされた 子どもは 非難することを おぼえる

殴られて大きくなった 子どもは 力にたよることを おぼえる

笑いものにされた 子どもは ものを言わずにいることを おぼえる

皮肉にさらされた 子どもは 鈍い良心の もちぬしとなる

しかし,

激励をうけた 子どもは 自信を おぼえる

寛容にであった 子どもは 忍耐を おぼえる

賞賛をうけた 子どもは 評価することを おぼえる

フェアプレーを経験した 子どもは 公正を おぼえる

友情を知る子どもは 親切を おぼえる

安心を経験した子どもは 信頼を おぼえる

可愛がられ、抱きしめられた 子どもは、世界中の愛情を 感じとることを おぼえる

皇太子殿下お誕生日に際し(平成17年)宮内庁(詩に関する陛下の発言も含め、全文見られます)

.私が途中まで読み上げるとイクコは自分のスマートフォンで「皇太子」「子育ての詩」と検索し、全文を黙読し始めた。

数十秒の沈黙の後、文字にすると赤面するようなセリフだが、イクコはこうつぶやいた

「私も、こんな親に生まれたかった…。陛下って、最高のお父さんやったんですね…」

それから5カ月

それから5カ月後の1月2日、イクコは恋人と一緒に東京、二重橋にやってきた。そう、令和初めての一般参賀に参加するためである。

半年ぶりに会ったイクコは、髪の毛を少し明るくしたからか、垢ぬけた印象に代わっていた。

「顔が違ってきたって彼氏からも言われるんですよ」

夏に天皇陛下の子育ての詩を読んでから数週間は、毎朝その言葉を音読することを日課にしたらしい。

「詩を読んで、その詩の話をした陛下の会見の文章も読み込んでいったら、母親にちゃんと向き合う決心がついて、そしたらだんだんと、彼氏にきつくあたったりもせんようになってきたんです」

イクコは秋ごろから母親とも連絡を取り始め、毎週一度は実家に顔を出すようになったという。そして、こう続ける。

「人間って弱いんですよ。依存するものが欲しいんでしょう?父親はアルコールにすがって、母は宗教に依存してた。せやったら、『私は天皇陛下に依存したろ!』って(笑)。『それって矛盾やん?』、『毎日なにかを唱えるってオカンの宗教と一緒やん?』って言われるかもやけど…(笑)

でも、本当に正しいもの、歴史が『良い、正しい』って裏打ちしているものに依存して何が悪いんや!って思います。だって実際に、陛下の言葉に救われた自分がここにいるんやから。それが何よりの証拠やし」

イクコは一般参賀で陛下のお顔は涙でかすんでほとんど見えなかったらしいが、「本当に、あの詩がなかったら、今の私はいませんよって…。『最高の両親ですよ!』って、そう思って国旗振ってました」と言う。

生れてきて ありがとう…

思い返せば、雅子さまが、生まれたばかりの愛子さまにかけた言葉も『生れてきて ありがとう』だった。イクコは宮内庁のホームページで見つけたその言葉を「雅子さまが、自分に言ってくれたような気がして、また泣いちゃった」と振り返る。

どんな人にも、どんな命にも等しい価値がある。両陛下のお言葉は大切なことを思い出させてくれる「ぬくもり」がある。

生れてはじめての一般参賀を、恋人と共に終えたイクコに「夏からのこと振り返って、今お会いしてきた両陛下に伝えたい言葉は?」と聞くと、こう答えた。

「両陛下が、日本にいてくださって、ありがとう…ですかね」

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