宮内庁が「小室圭さん皇室入り」阻止する“秘策”を作成か 眞子さま結婚は「止められない」と関係者



文/宮本タケロウ

女性宮家は反対だが、女性天皇は賛成!

いよいよ“立皇嗣の礼”の日程が決まりそうだ。政府は10月8日に式典委員会を開き、11月初旬・中旬の挙行で最終決定するようだ。加藤官房長官は9月29日午前の記者会見で「経済活動のレベルや新型コロナウイルスの感染状況を踏まえながら検討する」と述べた以上、感染者数が増加に転じない限りは挙行されるだろうとの見込みが強い。

コロナ禍も落ち着き、いよいよ皇室にも「平穏な日常」が徐々に戻りつつある。皇室行事や皇族方の公務も再開の兆しを見せ始めた。秋篠宮ご夫妻は10月1日、国立劇場で開催された「文化庁芸術祭」の開会式公演を鑑賞され、これは七カ月ぶりの外出を伴う公務となった。また、正倉院(奈良)では10月2日、天皇の勅使を迎え宝物の点検をする「開封の儀」に臨んだ。

だが皇室に日常が戻ることは、どうじに「皇位継承問題」などの議論が本格的に始まることを意味する。女性天皇・女系天皇の議論が最大の焦点だが難航することは必至であり、次善の策として女性皇族が結婚後も皇室に残る「女性宮家」創設の是非が話し合われるようだ。

ところで本サイトの読者がよく口にする台詞がある。

「女性宮家は反対だけど女性天皇は賛成!」

だがこれは論理的ではない

なぜなら、女性が皇位に就くことに賛成するのなら、まず前提として女性が結婚後も皇室に残る(女性宮家を立てる)ことにも賛成しなければいけないからだ。

そもそも「女性宮家」という概念が成立したのは2012年の民主党政権下。悠仁さまだけに次世代の皇室を担っていただくためには負担が多すぎるという理由から、いわばセーフティネットとして、愛子さまや眞子さま佳子さまが結婚しても皇室に残る「女性宮家」が発案されたのが先駆けである。

「女性宮家反対」と主張する方々は、秋篠宮と小室圭さんが嫌い過ぎて要するに、小室さんが皇室に入って眞子さまと小室さんの宮家ができることが絶対イヤだから、「女性宮家反対!」と主張しているのであるが、拙速な政治意見だと言わざるを得ない。

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女性宮家設立への蠢動

本サイトですでに伝えたように政権内には「一代限りの女性宮家」を容認し、悠仁さま以降の世代のことは次の世代の議論に先送りしようという考えがあるようだ。

安定的な皇位継承の確保策をめぐり、政府内で「女性・女系天皇」の議論を先送りする一方、女性皇族が結婚後も皇籍に残る「女性宮家」を容認する案が浮上している。

時事通信11月10日配信記事

こうした政府の動きについて、皇室ジャーナリストはこう言う。

「この動きが事実だとすると、愛子さまも眞子さまも同じ“内親王”であるため、二人とも結婚後に皇室に残って女性宮家を立てることになる可能性が濃厚です。

眞子さまと小室圭さんの結婚について様々な声が国民から出ていますが、お二人が結婚したいという意思をお持ちなら、誰もそれを止めることはできません。

そして『愛子さまは結婚後も皇室に残ってよいが、眞子さまはダメ』とする法的根拠がありません。嫌われている秋篠宮殿下が皇嗣になられるのと同様、『嫌われている』では理由になりません」(皇室ジャーナリスト)

さて、「女性宮家反対!女性天皇賛成!」が多いサイト読者からしたら、これは容易に受け入れがたい。「女性天皇」を実現するためには「女性宮家設立」は避けて通れない課題だからである。

(現状、「女性宮家」が制定されたら皇族となる小室圭さん)

当サイト読者の方々からあまり好かれていない筆者だが、実は筆者もサイト読者の皆様と同様に「女性天皇賛成」であり、「小室さんが皇室に入ることに反対」の立場である。なんとかうまく「女性天皇を実現し、且つ、女性宮家の設立を阻止」する方法はないものか…

そう悩んで、前例はどうなっているのだろうかと考え、宮内庁書陵部が編纂した『皇室制度資料』を読み始めたところ、驚きの記述に遭遇した。

女性天皇を実現し、女性宮家を阻止する秘策発見!

今回は、女性天皇を実現して小室さんの皇室入りを阻止する秘策を、歴史を紐解きつつ、紹介したい。

『皇室制度資料』の第一巻「皇族」にはこうある。

江戸時代までの制では、臣家の女子は皇族に嫁した後も皇族の範囲には入らなかったが、その反面、皇族女子は臣家に降嫁しても皇族の列を離れることにはならなかった

たとえば内親王は降嫁の後も内親王を称し、殊に後水尾天皇の皇女級宮が近衛基熙に嫁した後に親王宣下を蒙って常子内親王と称し(中略)た例もこれを裏付ける。

『皇室制度資料』第一巻、宮内庁書陵部、274頁

いかがだろう?

今の常識では、皇室に嫁いだ民間人出身の女性は皇族となるが、明治時代になる前までは民間人出身の女性は皇族妃となっても民間人のままであった。さらに、現在、女性皇族は結婚後は皇族ではなくなるが、明治時代になる前までは女性皇族が民間人と結婚しても「内親王」の称号を保持し、皇族として扱われていたのである。

明治時代より前まではこれが皇室の伝統であったわけだが、『皇室制度資料』によるとそれは明治時代に破棄された。

しかし、明治の皇室典範においては、旧制とは逆に皇族の妃はすべて皇族の列に入る一方、皇族女子の臣家に嫁した者は皇族の列を離れると定められ、昭和22年制の皇室典範にもこの規定が引き継がれた。

なお、旧典範には、皇族女子は臣籍に降嫁した後も、特旨により、内親王・女王の称を保有させることができるとしているが、新典範にはこの規定は存しない。

『皇室制度資料』第一巻、宮内庁書陵部、274頁

これらのことが、ほかでもない、宮内庁書陵部が編纂した宮内庁公式の文書で明かされている意義は大きい。近代の皇室典範制定時に、むしろ伝統の改変が行われていた様子がありありと分かる。そして新典範でさらに「臣籍降嫁後の称号保持」も抹消し、伝統を破壊したのである。

小室さんは皇族になる必要はない

これらのことをふまえ、女性天皇と女性宮家、小室さんの皇室入りについて考えてみるよう。

  • 民間人出身の女性は皇族と結婚しても皇族にはならない。
  • 女性皇族が民間人と結婚しても、皇族のまま。

先述したように、この2点が皇室のそもそもの伝統であることを考えれば、「女性宮家」を立てても小室さんが皇族になる必要はなく、眞子さまが小室さんと結婚したとしても、皇族としての活動を続ければよい、ということになるだろう。

また、愛子さまについても同様であり、仮に愛子さまが民間人男性と結婚したとしても、そのまま皇族に留まり、内親王としての身分を保持し、女性天皇に即位する道を残すのがむしろ伝統に沿ったやり方であると言える。

現代の日本人は、政治家も官僚も、現行の皇室典範を偏重するあまり「結婚=皇族の配偶者も皇族になる」と考えすぎではなかろうか。温故知新とはよく言ったもので、むしろ過去の例によると、「結婚により皇族身分を得る現行法」の方が異例である。

宮内庁は他の省庁と違い、法律を立案することはしないのが常だが、ポピュリズム政治が蔓延する昨今の日本では、政治家だけに皇室の問題を任せるのは注意がいる。国民一人一人が自らの意思をもって皇室のことを考えることが、皇室のためであり、皇族方の幸せに繋がるのだ。

今回、私が読んで解決策を探った資料は、宮内庁が作成した宮内庁の公的文書『皇室制度資料』である。まさか当の宮内庁の役人がこの公文書を知らないわけがなかろう。

先例を探り、伝統に沿った解決策を見つけられるように、宮内庁の官僚も自分の役所の公文書を読んでしっかり働くべきではないだろうか。

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