紀子さま確信した、秋篠宮さま「タイ愛人」「風俗通い」の履歴 宮内庁に“怒鳴り込み”された過去も



皇族一の色男(自称)である秋篠宮殿下。そんな秋篠宮殿下に度々囁かれるのは愛人説や風俗通いだ。これは果たして本当なのだろうか?

文/小内誠一(宮内庁OB)

皇族のまえに人間

昔たまたま見ていたドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」(フジテレビ系)で、ホストクラブのオーナーをしていた井上敬一さんが、部下たちを「ホストの前に男やろ、男の前に人間やろ!」と叱正していた。お涙頂戴の人情物語のはずが——このオーナーだった井上さんが1億円近い脱税をしていたというオチなのだ。

この「ホストの前に男やろ、男の前に人間やろ!」という言葉を聞いた時、私は三笠宮寛仁殿下と秋篠宮殿下の顔が脳裏をよぎった。お二人とも皇族とは思えないはど素晴らしく人間的なのだ。

三笠宮寛仁親王殿下は、破天荒な性格だった。何かと束縛の多い皇族暮らしのストレスに嫌気がさして「皇籍離脱宣言」をしたことはその最たるものだろう(昭和57年4月28日のこと)。この離脱宣言を聞いた昭和天皇が「ご心痛」だったと小林忍侍従の日記(昭和57年5月9日)に残されおり、また寛仁親王殿下が5カ月ぶりに公務復帰された際に昭和天皇は「午餐会に出る前に挨拶に来い。それがいやなら午餐会には出るなと私がいったと伝えてくれ」と仰ったという(『入江相政日記』昭和57年11月3日)。

ほとんどの皇族方がメディアの取材を個人的に受けることはないが、寛仁殿下はこれを積極的に受けた。しかもその中で、銀座の高級クラブ通いや、性風俗通いまでも告白されたのであるから驚きだ。まさに奔放な性格の持ち主だった(週刊朝日2012年6月22日号)。

もちろんこれは宮家が「公的存在」として周知される以前だからできたこと、そして傍系宮家だからこそ許される「ご謀反」であって、今同じことをすれば国民から総スカンを受けること間違いない。

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寛仁殿下に憧れていた秋篠宮殿下

皇族でない私からしてみれば、傍系宮家の当主など「責任少なく、儲けは多い」象徴であったが、その寛仁殿下をして「ストレスが多い」と言わしめている皇族の感覚は、一般国民のそれとはまったく構造が違うのだろう。

ところで秋篠宮殿下は、寛仁殿下の「自由奔放さ」に憧れていた節がある。大学時代から髭を蓄え、外車を乗り回していたし、サークル活動を通して積極的に男女交遊にいそしんでいたことからもうかがい知れよう。紀子さまとの出会いも大学のサークルだ。

当時の秋篠宮殿下は、まさか自分に皇位継承が回ってくるとは露にも思わず、寛仁殿下よろしく「自由奔放」に生きていく将来設計をしていたのだ。それが秋篠宮殿下の人間として憎めないところであり、国民から愛され親しまれた法源であるように思う。

立皇嗣の礼が11月8日に執り行われるが、秋篠宮殿下が立派な「皇嗣」になられることを祈ってやまない。

婚約内定記者会見。昭和天皇の喪中であったため黒服。

秋篠宮殿下のタイ愛人説と風俗

「火のない所に煙は立たぬ」という言葉がある。これが真であるか否かは別にして、秋篠宮殿下には「タイに愛人がいた」「風俗街を歩いていた」といった報道が時々持ち上がる。

タイ愛人説は有名なので知っている人も多いだろう。秋篠宮殿下はタイがお気に入りで良く訪れるのだが、その理由はタイに愛人がいるからというのである。

たとえば1996年4月に、アメリカからクリントン大統領が来任した際に、秋篠宮殿下は宮中晩餐会を欠席し、ナマズ研究のためにタイ訪問の日程を優先させた。米大統領来日も、タイ訪問のかなり前から日程は明らかだったのであるから、タイ訪問をずらせたにもかかわらずだ。そこで「タイにいる愛人に逢いに行ったのでは?」と週刊誌が騒いだのだ。またタイ愛人説のみならず、タイの風俗街を散策されていたことなども報じられた。

これを真っ先に報じたのは『週刊新潮』1996年4月18日号であった。当時の週刊新潮のデスクは、現在、保守活動家として名高い門田隆将さんである。門田隆将さんはツイッター上で「男系は皇統唯一のルール」と主張し、女性天皇・女系天皇に反対している。秋篠宮家を応援する保守派の門田さんが「秋篠宮殿下の夜遊び」にお墨付きを与えるという構図だ

*なお、この宮中晩餐会欠席に対し、毎日新聞が疑問を呈したことがある(森暢平の記名記事「ナマズのためなら」)。これに対し宮内庁は「国事行為でも、宮家皇族が私的用事で欠席した例がある」と擁護した。私も公務の欠席自体は全く問題ないと思う。

紀子さまの素晴らしく冴えわたる第六感

もちろんタイ愛人説も、風俗通いも週刊誌の憶測記事なのであるから、あれこれ騒がずに皇族の威厳を保ち堂々とするべきだ。だがこれに“第六感”が働いたのが紀子さまだ。「夫がタイでどういう日程で過ごしていたか資料を共有してください」と宮内庁に怒鳴り込んできたことがあったという。何か思い当たる節があったのだろうか? そのカンの鋭さには敬服せざるを得ない。

それだけは収まらず、紀子さまは殿下に同行した宮内庁職員への事情聴取を希望された。「本当のところはどうなの?」と紀子さまスマイルで問われた職員は、「私が存じている限り、殿下が愛人と逢われたことも、風俗街を通りがかったときに風俗店に入ったことも目にしておりません」とシドロモドロに答えていた。

紀子さまに疑われたのは不本意だったのだろう。数日後に秋篠宮殿下は宮内庁を訪れ「タイで少し遊んだだけなのに、なんでこんな騒ぐんだ! やましいところは何もない! 寛仁殿下のほうが余程遊んでいらっしゃる」と大声で仰ったそうだ。

私はこの職員と秋篠宮殿下の言葉を信じたい(正確には「業務上、信じるのが仕事である」)。秋篠宮殿下は遊び人のように見えて、実直で誠実なお方だ。導火線の短いところもあるが、職員には優しい言葉をかけてくださることが多い。妃選びさえ間違えなければ立派な一宮家の当主として国民から愛されるに違いない。

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