美智子さま「雅子が目立ちすぎ!」に忖度する“イジメ” 皇后陛下「たすけて」のメッセージ



文/宮本タケロウ

雅子さま誕生日の「おことば」

政府は今年11月中旬に“立皇嗣の礼”を挙行する準備に入り、コロナ禍の推移を踏まえ週内にも開催日程を最終判断するという。だが11月中旬という日程に不安の声は多い。というのも11月30日といえば秋篠宮殿下の誕生日、12月9日といえば雅子さまの誕生日と慶事が集中しているからだ。宮内庁OBで皇室評論家の小内誠一さんは語る。

「“立皇嗣の礼”に続いて眞子さまが婚約延期について今後の見通しを発表する予定です。12月下旬と1月上旬は繁忙期にあたるため、11月後半・12月上旬になされる可能性が高い。ここで問題となるのは誕生日という“慶事”にあわせて不穏な内容を発表される可能性です。

とりわけ雅子さまは2006年に、皇太子妃時代もオランダ静養に出かけた後に、時の天皇陛下が2007年に『私どもが私的に外国を訪問したことは一度もありません』と冷や水を浴びせました。同様の発言は雅子さまが皇室に入られた1993年にも『私共は私的に海外の旅行をしたことがなく』されておりまして、結婚当初から海外公務を望まれていた雅子さまをけん制していました。もちろんこれは美智子さまのご意思が働いてのご発言です」(小内誠一さん)

おもえば昨年12月9日、お誕生日に際し、皇后陛下が文書を発表された。一部では単独の記者会見が行われるのではないかとささやかれていただけに少し残念であったが、同時に発表された医師団の見解によれば未だ回復途上であるとのこと。

まぎれもない雅子さまが皇后陛下であらせられるわけだから、ご本人に無理のない範囲でマイペースで活動されればよいと私を含め国民の多くが思っているだろう。

しかし、皇后陛下の「おことば」の中に、数点だけ気になることがあった。

それは、「上皇/上皇后陛下」という言葉の連続と「譲位」という言葉の使用である。

(前略)顧みますと、上皇陛下には、80代半ばを迎えられていた今年4月まで、このように重いご公務を毎年欠かさずお務めになっていらっしゃいましたことに深い敬意の念を新たにいたします。

また、上皇后陛下には、平成の御代の間、皇后としてのお務めを果たされながら、上皇陛下を常にお傍でお助けになり、上皇陛下のお力になってこられました。上皇后陛下には、今年ご手術をお受けになり、ご案じ申し上げましたが、上皇上皇后両陛下には、これからもくれぐれもお体を大切になさり、永くお元気にお過ごしになりますよう、心よりお祈り申し上げます。

そして、御譲位後も私たちの歩みを温かくお見守りいただいてきましたことに深く感謝申し上げます。(後略)

皇后陛下お誕生日に際してのご感想

全文を通してみると、「上皇」が12回も現れたが、「天皇」はその半分の6回だけだった。

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雅子さま「おことば」のウラ事情

「こうした文章から、上皇上皇后両陛下への配慮が感じられますね」と、ある皇室ジャーナリストが話してくれた。

「世間ではすでに令和フィーバーで両陛下の人気が完全なものになっていますが、宮中での権力関係はまだ平成を引きずっているものと思われます。世間では、共同通信の大木賢一氏などのように『自然体の現両陛下に比べて、平成の天皇は国民サービスを無駄にやりすぎた』という意見も出始めています。こうした動きに『STOP!』をかけたい宮中の力学が感じられます」(皇室ジャーナリスト)

確かに令和になり、上皇后陛下を「皿BBA」や「早く引っ越せ」と罵ったり、秋篠宮殿下を「鯰」というスラングで呼んだりする暴言がネットに溢れるが、この動きは宮中の力学に反しているということか。

「両陛下もなんだかんだ言って、上皇・上皇后陛下にはまだ頭が上がりません。それを察した侍従か女官長が『最近目立ちすぎてますから、あちらさんを少しアゲたほうがよろしいかと…』と忖度した結果でしょう」(皇室ジャーナリスト)

「譲位」ではなく「退位」のはず

では、正式名称の「退位」ではなく、「譲位」の言葉を使ったのはなぜだろうか。

「譲位」は「天皇が自分の意思で位を譲る」ことである。天皇は国政に関する機能を有しないと言うタテマエから皇室と宮内庁(政府)では正式名称を「譲位」ではなく、「国民が天皇に位を退かせた」という意味で「退位」と呼んできた。

これをあえて「譲位」と雅子さまが述べたのは何か意図があるのだろうか。皇室ジャーナリストは、上皇職周辺から聞いた話、として驚くべき言葉を述べた。

「…院政でしょうね… 宮内庁の権力闘争も絡んだ…」(皇室ジャーナリスト)

「院政」…という言葉に私は言葉を失った。

「ええ。宮中にはまだまだ平成の陛下を賛美する勢力が多くいるんです。宮内庁は役所が2つに分裂していると言われています。俗に言う、『赤坂/東宮御所』と『千代田/皇居』ですね。これが平成の時代からこの両者は対立しています。

平成に東宮職だった職員たちが今そのまま侍従職にレベルアップしましたが、平成時代に侍従職だった職員が上皇職としてまだ『千代田』に陣取っています。規模も減らさずにね。

天皇陛下も皇后陛下も慎ましい性格ですから、それに対してあまり文句を仰らない。それを良いことに、上皇職の職員はまだ自分らが『千代田』で主役だと思っているんです」(皇室ジャーナリスト)

外務省の上下関係を宮中に持ち込む人事配置…

上皇職トップの河相周夫氏は、現在の小野田侍従長の外務省の5年後輩だが、後輩の河相氏が事務方No1の事務次官になったのに対して、先輩の小野田侍従長は査察大使どまりだった。

上皇職トップの河相氏に「先輩よりも出世した驕り」があってもおかしくない。また皇后陛下を「雅子さん」と呼ぶなど、外務省員は一般に 雅子さまを軽んじる傾向があるのも有名だ。さらに、雅子さまに仕える西宮女官長は河相氏の外務省時代の後輩の妻で、女官長になってまだ数ヶ月である。

「今回の雅子さまの『上皇上皇后陛下』の連発や『譲位』などもその一環です。美智子さまがつぶやく『目立ちすぎよねェ?ねえ、アナタ』の独り言を忖度し、これを好機到来として、上皇職(千代田)側が女官を通じて『上皇が天皇よりも上なんだ』『上皇后のほうが下皇后より偉いんだ』『これは雅子さまをイジメろという合図なんだ』と暗に言わせたのでしょう。この権力関係はおそらく引越しまで持続します」(皇室ジャーナリスト)

古来、宮中の争いごとは、天皇や上皇自身というよりも、上皇や天皇に取り入った君側の奸が起こしてきたということを考えれば、さもありなんという気もするが、こうして見ると、雅子さまの「おことば」は、むしろ事務方の権力闘争から逃れようとする悲痛な叫びに聞こえてしまう。

今、宮内庁のガバナンスが問われている。

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